職務上の原因により怪我を負ったり、病気にかかったりしてしまった場合には、労災保険から給付を受けることができます。
怪我や病気の治療のために長期間頻繁に通院をした場合、通院にかかる交通費(移送費)の金額がかさんでしまいます。
このような通院費についても、一定の場合には労災保険給付の対象となりますので、給付申請の方法やポイントを正しく理解しておきましょう。
この記事では、労働災害に関してかかった通院費の労災保険給付を請求する方法とそのポイントについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災保険給付による通院費の補償が認められる条件とは?
通院費は労災保険給付の対象となりますが、どのような場合でも給付が認められるというわけではありません。
通院費に関して労災保険給付が行われるのは、住んでいる場所から病院に通うために、合理的に必要となる費用の範囲に限られます。
以下では、労災保険給付による通院費の補償が認められる条件について解説します。
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(1)通院費の労災保険給付が行われる条件
通院費に関する労災保険給付は、以下の条件を満たす場合に行われます。
①労働者の居住地または勤務地から、片道2kmを超える通院であること
原則として、通院距離が片道2kmを超えることが必要となります。
片道2km未満の通院距離の場合、徒歩または自転車で通院することが可能と考えられるため、労災保険給付の対象外となります。
ただし片道2km未満であっても、負傷・疾病の程度などを考慮して、公共交通機関や自家用車などを利用しなければ通院が困難であると認められる場合には、例外的に通院費の労災保険給付が認められることがあります。
②以下のいずれかの要件を満たすこと
(a)同一市町村内の診療に適した労災指定医療機関へ通院した場合
(b)同一市町村内に診療に適した労災指定医療機関がないため、隣接する市町村内の診療に適した労災指定医療機関へ通院した場合
(c)同一市町村内および隣接する市町村内に診療に適した労災指定医療機関がないため、それらの市町村を越えた最寄りの労災指定医療機関へ通院した場合
基本的には、労働者の居住地または勤務地から最寄りの労災指定医療機関を受診した場合のみ、通院費が労災保険給付の対象となります。 -
(2)病院に付き添った家族の交通費も労災保険給付の対象になり得る
通院をするために家族などの介助者が必要と認められる場合には、介助者の分の交通費も労災保険給付の対象となります。
2、労災保険給付の対象となる通院交通手段は?
通院費が労災保険給付の対象になるケースでも、利用した交通手段次第で、支給金額や申請方法が変わったり、労災給付が認められなかったりする場合があります。
それぞれの交通手段に関して、労災保険給付の対象となるかどうかなどの留意点を解説します。
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(1)バス・電車などの公共交通機関
バスや電車などの公共交通機関を利用して通院した場合には、交通費の実費相当額が労災保険給付の対象となります。
公共交通機関の交通費について給付申請を行う場合には、特に領収書を添付する必要もありません。 -
(2)自家用車
自家用車による通院の場合も、労災保険給付の対象となります。
自家用車の場合、実際にかかった費用の金額にかかわらず、1kmあたり37円として通院費が計算されます。 -
(3)タクシー
タクシーは、公共交通機関と比較して利用料金が高額になる傾向にあります。
労災保険給付との関係では、タクシーの利用料金は通院費として認められないのが原則とされています。
しかし、地域によっては公共交通機関が通っていなかったり、また労働者が自家用車を保有していなかったり、怪我や病気との関係で自家用車を運転できる状態になかったりするなど、タクシーを利用する必要性が認められるケースも存在します。
そのため、タクシーの利用料金についても、タクシーを利用する合理的な妥当性が認められれば、労災保険給付の対象となります。
ただし、必ずしも全額が給付対象になるとは限らず、労働基準監督署が不要と判断した部分については対象外とされる可能性がある点に注意しましょう。
また、通院に利用したタクシーの料金について労災保険給付の申請を行う際には、領収書の添付が必要となります。
3、通院費の労災保険給付を請求する際に必要となる書類・手続き
通院費に関する労災保険給付の申請は、他にかかった費用などと合わせて、労働基準監督署長に対して行う必要があります。
以下では、通院費の労災保険給付を行う際に必要となる書類や手続きについて解説します。
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(1)労働基準監督署長に「療養の費用請求書」を提出する
通院費の給付を請求する場合、労働基準監督署長に対して「療養補償給付たる療養の費用請求書」(療養の費用請求書)を提出して申請を行います。
療養の費用請求書の様式については、以下の厚生労働省のページからダウンロードすることができます。
「様式第7号(1)」を利用して、療養の費用請求書を作成してください。
参考:「ダウンロード用(OCR)様式」(厚生労働省)
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(2)「療養の費用請求書」の書き方
療養の費用請求書の記入例は、厚生労働省によって以下のとおり公開されています。
参考:「療養の費用請求書記入例 (PDF:2.15MB)」(厚生労働省)
通院費に関する項目は、同記入例中の「(へ)移送費」です。
この欄に、以下の事項を記入してください。- 「自宅から●●病院まで」
- 「片道(または往復)●キロメートル」
- 通院回数
- 計算した通院費の金額
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(3)「通院移送費等請求明細書」を添付する
通院費について労災保険給付申請をする際には、療養の費用請求書に加えて、通院移送費等請求明細書を添付する必要があります。
労働基準監督署の様式に従って、通院区間や距離、診療を受けた日、傷病の状態などを記入することになります。
詳しい書き方については労働基準監督署に問い合わせてみましょう。
4、通院費が労災保険給付の対象となる通院期間は?
労災を原因とする怪我や疾病について、通院治療をいつまで続けるかは、基本的に労働者自身が主治医と相談しながら判断することになります。
しかし、通院費の労災保険給付は期間無制限で行われるわけではなく、あくまでも労災と因果関係がある通院に対応する期間に限られます。
以下では、通院費が労災保険給付の対象となる期間と、その後のアフターケア制度について解説します。
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(1)原則として症状固定まで
労災を原因とする負傷や疾病についての治療が完了した、またはこれ以上治療をしても良くならない(症状固定)という段階に至った場合、それ以上の通院治療は労災との間に因果関係がないと判断されます。
したがって、労災に関する他の費用項目(治療費など)と同様、通院費についても原則として、症状固定までの期間に限り労災保険給付の対象となります。
他方で、労災保険から給付されない部分の補償や慰謝料などについては、別途会社などに対して請求することができます。 -
(2)症状固定後もアフターケア制度を利用できる場合がある
ただし、アフターケア制度の対象となっている場合には、症状固定後であっても例外的に、一定の診察や検査などを無料で受けることができますし、その際の通院費も支給されます。
アフターケア制度の対象となるのは、以下の20種類の怪我・病気です。- せき髄損傷
- 頭頸部(けいぶ)外傷症候群等(むち打ちなど)
- 尿路系障害
- 慢性肝炎
- 白内障等の眼疾患
- 振動障害
- 大腿(だいたい)骨頸部(けいぶ)骨折、股関節脱臼・脱臼骨折
- 人工関節、人工頭置換
- 慢性化膿(かのう)性骨膜炎
- 虚血性心疾患等
- 尿路系腫瘍
- 脳の器質性障害
- 外傷による末梢(まっしょう)神経損傷
- 熱傷
- サリン中毒
- 精神障害
- 循環器障害
- 呼吸機能障害
- 消化器障害
- 炭鉱災害による一酸化炭素中毒
アフターケア制度を利用するためには、労働局で健康管理手帳の交付を申請する必要があります。
なお、アフターケア制度利用の申請については、症状固定後の一定期間中のみ可能となっているケースがあります。
そのため、症状固定の診断書を受け取った段階で、できるだけ早めに準備を整えて利用申請をすることが大切です。
アフターケア制度を利用すると、原則として1か月に1回程度のペースで診察が無料で受けられるほか、必要に応じて専門医によるカウンセリングや、1年に数回程度の検査などを受けることができます。
アフターケア制度の詳細については、厚生労働省のホームページも参照してください。
参考「『アフターケア』制度のご案内」(厚生労働省)
5、まとめ
労働災害に遭ってしまった場合の通院費については、基本的には労災保険給付によりカバーされるため、忘れずに給付申請を行いましょう。
一方、慰謝料などの労災保険給付の対象にならない損害については、会社に対する損害賠償請求を行う必要があります。
従業員の方が会社に対しておひとりで立ち向かうのは、交渉力の差や精神的な負担を考えると、現実的ではありません。
その際は、労災事故に精通した弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所には、労災に詳しい弁護士が多数在籍していますので、ぜひ一度ご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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