労働災害(以下「労災」といいます。)とは、業務または通勤を原因として労働者が負傷、疾病、障害または死亡することを指します。
労災によって配偶者やご家族が亡くなった場合、残されたご遺族は労災保険の給付金を受け取ることが可能です。さらに、労災事故発生の原因が会社にある場合は、会社に対して損害賠償請求を行うことができるケースもあります。
本記事では、遺族(補償)年金や一時金を含む遺族給付、葬祭料(葬祭給付)など、仕事中の事故で家族を亡くした遺族が労災保険から受け取れることのできる補償について、その手続きの流れや注意点から、ご遺族が残された家族を守るためにできることについて弁護士が解説します。
1、労災保険の概要とご遺族が受けられる補償
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(1)労災保険の仕組みと概要
労災保険とは「労働者災害補償保険」の略称です。労働者の業務中や通勤中に負傷したり、病気になったり、障害を負ったり、亡くなった場合に労働者本人や遺族に保険金を支給する制度です。
仕事が原因で労働者が働けなくなったときに本人を支援するだけでなく、大切な家族を失ってしまった遺族のこれからの生活を支えてくれる仕組みです。労働基準法上の労働者であれば、正社員でなくても、アルバイト、パート労働者でも労災の適用対象です。
派遣労働者にも同じように労災が適用されます。派遣労働者の場合は、派遣元の事業が適用事業者とされます。労働保険料は、会社が労働者に支払う賃金総額に、労働保険料率(労災保険率+雇用保険率)を乗じて得られる金額です。
なお、労働保険料のうち、労災保険料分は、その全額を会社が、雇用保険料分は会社と労働者の双方で負担するものと決められています。 -
(2)ご遺族が受けられる補償の種類
労災で家族が亡くなった場合、その遺族に支給される遺族(補償)給付(※業務上の災害の場合は「遺族補償給付」、通勤上での災害の場合は「遺族給付」といいます。)には遺族(補償)年金と遺族(補償)一時金の2種類があります。
遺族(補償)年金とは、死亡した労働者と特定の関係性があった遺族に支給されるものです。
一方、遺族(補償)一時金とは、労働者の死亡の時点で、遺族(補償)年金の受給資格がある遺族が誰もいない場合に、特定の範囲の遺族に一定金額が支給されるものです。
また、遺族年金を受給していた遺族がその後亡くなるなどして、受給資格をもつ遺族が誰もいなくなった場合は、遺族年金として受給予定であった額の残額が支給されます。
そして、それ以外の給付として、業務災害の場合は葬祭料が、通勤災害の場合は葬祭給付が支給されます(葬祭料(葬祭給付)については後ほど詳しく解説します。)。
なお、労災保険は労働者を保護するための制度です。そのため、労災を起こした際に労働者自身に過失やミスがあったとしても、その過失分が受給額から差し引かれることはありません。死亡と労災との間に一定の因果関係が認められれば、決まった受給額が支払われます。
もっとも、労働者の故意または重大な過失により労災事故が発生した場合は労災保険給付が受給できない場合があります。
2、遺族(補償)年金の内容と受給資格者とは?
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(1)遺族(補償)年金の内容
遺族(補償)年金は、労災で亡くなった労働者の収入によって生計を維持していた家族などに対して、支払われる年金です。
受け取れる金額は、遺族の人数によって変わります。
遺族が1名の場合は、給付基礎日額の153日分(遺族が55歳以上の妻または一定の障害状態にある妻の場合は基礎給付日額の175日分)となります。
遺族が2名の場合は、給付基礎日額の201日分、3名の場合は223日分、4名の場合は245日分となります。
また、遺族(補償)年金は一度だけ前払い申請ができることも覚えておきましょう。 -
(2)受給資格者
遺族(補償)年金の受給資格者となれるのは、労働者が死亡した時点で、その労働者の年収によって生計を維持していた配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹です。
この順番で受給資格があり、最優先の順位者だけが受け取ることができます。
なお、妻以外の遺族については、被災労働者の死亡当時に年少または高齢であるか、あるいは一定の障害(障害等級5級以上の身体障害)がある必要があります。
具体的には、以下のとおりです。- ① 妻または60歳以上か一定障害の夫
- ② 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定障害の子
- ③ 60歳以上か一定障害の父母
- ④ 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定障害の孫
- ⑤ 60歳以上か一定障害の祖父母
- ⑥ 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか60歳以上または一定障害の兄弟姉妹
- ⑦ 55歳以上60歳未満の夫
- ⑧ 55歳以上60歳未満の父母
- ⑨ 55歳以上60歳未満の祖父母
- ⑩ 55歳以上60歳未満の兄弟姉妹
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署『遺族(補償)給付 葬祭料(葬祭給付)の請求手続』2020年、1頁より抜粋
なお、労働者の年収によって生計を維持していた場合とは、自分自身に収入がなく、死亡労働者に扶養されていた場合だけに限りません。いわゆる共働き世帯で、被災労働者の収入によって、家族の生計の一部を維持していた場合も該当します。
また、配偶者は戸籍の届出をしていない事実婚夫婦でも受給資格者となることができます。そして、労働者が死亡した時点で妻が妊娠していた胎児については、出生した時から受給資格者となります。 -
(3)請求の流れ
遺族(補償)年金を請求するには「遺族補償年金支給請求書」または「遺族年金支給請求書」を、添付書類(死亡診断書や死体検案書、戸籍謄本、被災労働者の収入により生計を維持していたことの証明資料など)と一緒に労働基準監督署長に提出します。
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(4)遺族(補償)年金には時効がある
労災保険の遺族(補償)年金は5年で時効により請求できなくなります。
遺族(補償)年金の時効は、被災労働者が亡くなった日の翌日から計算します。時効によって請求権を失うことのないよう、請求手続は早めに行うようにしましょう。 -
(5)遺族(補償)年金を前払いで受け取る方法
遺族(補償)年金は、遺族の請求によって、給付基礎日額の1000日分を限度として前払いの一時金として受けることができます。これを、遺族(補償)年金前払一時金といいます。
遺族(補償)年金前払一時金は、労災事故で突然家族を失ったあと、一時的に資金が必要な場合に大きな支えとなる制度です。注意点は、前払一時金の支給を受けると、前払一時金の額に達するまで各月の遺族(補償)年金の支給が停止されるということです。したがって、遺族(補償)年金としての支払いの総額には変わりありません。
遺族(補償)年金前払一時金は、被災労働者が亡くなった日の翌日から2年を経過すると、時効により請求できなくなります。
3、遺族(補償)一時金の内容と受給資格者とは?
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(1)遺族(補償)一時金の内容
遺族(補償)一時金とは、被災労働者が死亡した当時、①遺族(補償)年金を受ける遺族がいない場合や、②遺族(補償)年金の受給者が最後順位者まですべて失権している場合に、受給権者であった遺族全員への支給済年金額及び遺族(補償)年金前払一時金の合計額が給付基礎日額の1000日分に満たない場合に、一定金額を遺族に支給する制度です。支給金額は以下の通りです。
①の場合遺族(補償)一時金 給付基礎日額1000日分 遺族特別支給金 300万円 遺族特別一時金 算定基礎日額1000日分
②の場合
遺族(補償)一時金 給付基礎日額1000日分から支給済遺族(補償)年金等の合計額を差し引いた額 遺族特別支給金 ―(既に受け取り済み) 遺族特別一時金 算定基礎日額1000日分から支給済遺族特別年金の合計額を差し引いた額 -
(2)受給資格者
受給資格者には、受けとれる優先順位が決まっています。高い順に①配偶者、②労働者の収入により生計を維持していた子・父母・孫・祖父母、③その他の子・父母・祖父母、④兄弟姉妹、となります。
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(3)請求の流れ
遺族(補償)一時金の請求は、管轄の労働基準監督署長に、「遺族補償一時金請求書」または「遺族一時金支給請求書」を提出して行います。
提出の際には、各場合に応じて添付書類の提出も必要です。たとえば、被災労働者の死亡当時に、遺族(補償)年金を受け取ることができる遺族がいない場合であれば、死亡診断書、死体検案書、検視調書、またはそれらの記載事項証明書や、被災労働者の死亡の事実と年月日がわかる書類、請求人と死亡労働者との身分関係を証明するための戸籍謄本等の添付が必要です。 -
(4)遺族(補償)一時金の時効について
遺族(補償)一時金についても、遺族(補償)年金と同様に、被災労働者が亡くなった翌日から5年で時効が成立してしまいます。
時効が成立するとその後に請求することはできないので、それまでに必ず請求するようにしましょう。
4、葬祭料(葬祭給付)も支給される
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(1)葬祭料(葬祭給付)とは
葬祭料とは、労働者が業務上の事故で亡くなった場合、労災保険から一定金額が葬儀に関する費用として支給されるものです。
労働者が通勤災害で死亡した場合は、葬祭給付と呼ばれます。
請求する場合は、労働基準監督署長宛てに、「葬祭料請求書」か「葬祭給付請求書」のいずれかを提出しなければなりません。
なお、この葬祭料(葬祭給付)の受給対象は遺族に限りません。
実際に葬祭費を支出した人に支給される仕組みです。
たとえば、葬祭を執り行う遺族がいなく、会社が社葬を行った場合や、友人知人が葬儀を行って葬祭の費用を支払った場合は、それらの人に対して給付されます。
なお、遺族(補償)給付を申請していない場合は、葬祭料(葬祭給付)を請求する際に、医師による労働者が死亡したことを証明した書類(死亡診断書等)が必要になります。
そして、葬祭料(葬祭給付)は31万5000円に給付基礎日額の30日分を加えた額が支給されます。
この額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は給付基礎日額60日分が支給されます。
葬儀にかかった費用すべてが給付されるわけではないという点に注意が必要です。 -
(2)葬祭料(葬祭給付)請求には時効がある
葬祭料(葬祭給付)の請求には2年という時効があります。
葬祭料(葬祭給付)の時効は、被災労働者が亡くなった日の翌日から計算します。
遺族(補償)年金や遺族(補償)一時金と比べるととても短い期間で時効によって請求権が消滅してしまいますので、忘れずに早めに請求するようにしましょう。
5、遺族(補償)年金はいつまでもらえる?
遺族(補償)年金は、受給資格者のうち、最先順位者だけが受給権者となることができます。
最先順位者が2人以上いるときは、全員がそれぞれ受給権者となり、等分の割合で受け取ります。そして、最先順位の受給権者は、自分の受給権資格がある限り遺族(補償)年金を受給できます。
たとえば、配偶者は再婚するまで、子や孫または兄弟姉妹については18歳に達する日以後の最初の3月31日が終了するまで、障害等級5級以上に該当することを理由に受給資格者となった者は、障害等級5級以上に該当しなくなった時まで受給が可能です。
そして、最先順位者が死亡や再婚などで受給権を失ったときは、その次の順位者が最先順位者として受給権者となることができます。これを転給といいます。
6、労災被害者のご遺族が弁護士に相談すべきケース
ここまで述べたとおり、労災被害者のご遺族には、労災保険から「遺族(補償)年金」や「遺族(補償)一時金」が支給されます。しかし、大切なご家族を失われたご遺族にとっては、納得できる金額ではないかもしれません。
会社側に原因があり、結果労災につながったケースであれば、なおさらです。
冒頭で述べたとおり、労災被害の原因が会社にある場合は、労災保険からの給付とは別に会社に対して損害賠償請求が可能となります。しかし、損害賠償請求を行うためには、ご遺族側が会社に責任があるということを示す証拠を集め、法的に立証する必要があります。
それは、深い悲しみにいるご遺族にとっては非常につらいだけでなく、大変難しいことです。会社の対応に納得がいかない、または、慰謝料等労災保険が補てんしてくれない部分を会社に損害賠償請求したいという場合は、ぜひ弁護士にご相談ください。
特に以下のようなケースであれば、弁護士に依頼したうえで損害賠償請求を検討すべきといえるでしょう。
- 会社が安全対策を怠ったために起きた事故
- 他の社員の何らかのミスなどによって生じた事故
- 1か月の残業時間が80~100時間を超える状況が続いているときに発症した脳・心臓疾患による死亡
実際、労災によって家族を失った遺族が、労災の支給とは別に、会社に対して損害賠償請求を行うことは少なくありません。
労災による死亡事故について経験豊富な弁護士に相談することで、会社に対する請求の可否や、賠償額の見込みなどを確認することができます。
なお、労災の申請と同様に、会社に対する損害賠償請求にも時効があり、早めに動くことが大切です。
7、まとめ
労災遺族給付は、被災により亡くなった労働者の遺族を経済的に支援するために国が行う仕組みです。生じたすべての損害に対して補償されるわけではありませんが、給付金をしっかりと請求することで、今後の生活の助けになるはずです。
ただ、労災の制度は複雑で、その計算方法も簡単ではありません。もしご家族が被災された場合は、どの給付を受けることができるのか、実際にいくらもらえるのか、しっかりと確認しましょう。
なお、労災の申請手続きに会社が協力してくれない場合には、ご遺族から労働基準監督署に相談してみてください。労働基準監督署に相談すれば、会社の協力が得られなくても、労災申請手続き自体は進めることができます。
労災専門チームを擁するベリーベスト法律事務所では、労災による死亡事故に関して豊富な経験をもつ弁護士が多数在籍しています。労災で突然大切な人を失ったご遺族のご心情に寄り添いながら、万全の体制でサポートします。ぜひ、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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