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労働災害(労災)コラム

労災なのに保険証で受診していた! 医療費は補償してもらえる?

更新:2024年04月17日
公開:2023年04月17日
  • 労災
  • 保険証
労災なのに保険証で受診していた! 医療費は補償してもらえる?

仕事中・通勤中の事故でケガをしたけれども、労災保険の申請をせずに、健康保険証を使って受診していた……。このような場合でも、途中から労災保険に切り替えることができます。

労災保険への切り替えが認められれば、医療費の自己負担分はなくなり、すでに支払った医療費の補償も受けられるのです。

本コラムでは、健康保険と労災保険の解説から、切り替え手続きの方法、労災保険で補填されない部分の請求方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。

1、労働中に負傷したとき保険証を使ってはいけない理由

  1. (1)健康保険と労災保険との違い

    労働災害(労災)は、健康保険法で健康保険の対象外とすることが明確に定められています(国民健康保険についても、国民健康保険法で、労災保険が優先すると定められています)。

    なお、健康保険制度には、民間企業等に勤める方やそのご家族が加入する健康保険や、自営業の方などが加入する国民健康保険などがあります。これに対して、労災保険とは、業務・通勤によって、労働者に負傷・疾病・障害・死亡が発生した場合に、保険給付を受けることができる制度を指し、労働者災害補償保険法で定められています。なお、公務員の場合は、労災ではなく公務災害と呼ばれ、国家公務員災害補償法・地方公務員災害補償法で定められています。

  2. (2)労災申請を会社がしてくれないときは自分で行える

    事故のため自分で労災請求の手続が困難な従業員については、「事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。」とされています(労災保険法施行規則23条1項)が、労災申請は、従業員本人またはその遺族から申請するのが一応の原則ではあります。

    そのため、会社のコンプライアンス意識が低いなどが原因で労災申請をしてくれない場合、最終的には自分で手続きを行う必要があります。労災申請の手続きは、①労災指定医療機関(労災病院)を受診する場合と、②それ以外の病院を受診する場合で、内容が異なりますので、それぞれについて流れをご紹介します。

    ① 労災病院を受診するとき
    療養そのものを労災保険から現物給付されることになりますので、窓口で医療費を支払う必要はありません
    ただし、受診前に、会社から事業主証明(事故の発生した日時や状況に間違いないことを証明するもの)をもらっておき、それを労災病院に提出する必要があります。
    労災病院は、厚生労働省のウェブサイトで検索することが可能です。

    ② 労災病院以外の病院を受診するとき
    いったん、被災者側で医療費の全額(10割分)を負担する必要があり、事後的に、労災保険から同額の給付を受けることとなります。この場合、病院で受診したあとに、会社から事業主証明をもらい、労災の給付請求書とともに、労働基準監督署に提出することとなります。

2、健康保険を使っていたときに行うべき手続き

  1. (1)まずは健康保険から労災保険へ切り替えできるか相談

    労災であるにもかかわらず、健康保険を使っていたという場合には、健康保険から労災保険への切り替え手続きが必要です。前述のとおり、労災に健康保険を使うことができないためです。

    まずは、受診した病院に対して、労災保険の切り替えができるかどうかを確認することとなります。病院からの回答が、切り替えできる/できないのどちらであるかによって、その後の手続き内容が異なってきます。

  2. (2)切り替えができるときの手続き方法

    切り替えができる場合、病院の窓口で、支払い済みの医療費(3割の自己負担分)が返還されます。

    切り替えができるかどうかは、病院の健康保険利用手続きとの関係で、受診からおおむね1か月以内かどうかが目安です。その後、労災保険の申請に必要な「療養の給付請求書」(様式第5号・様式第16号の3)を病院に提出し、切り替え手続きは完了です(かかった医療費は、労災保険から病院に直接支払われます)。

  3. (3)切り替えができないときの手続き方法

    病院からの回答が、切り替え手続きができないとのものであったときには、次のような流れで切り替え手続きを行うこととなります。

    • ① 健康保険組合(国民健康保険の場合は市区役所)に連絡する
    • ② 健康保険組合から自己負担分(3割)の残り(7割)の返還請求を待つ
    • ③ 返還請求があれば、7割分を健康保険組合に返金する
    • ④「療養の給付請求書」(様式第7号・第16号の5)、返還額の領収書、病院の窓口で支払った自己負担分の領収書など、必要な書類をそろえて労働基準監督署に労災を申請する

    この場合、かかった医療費の全額(10割)を自己負担し、事後的に労災保険から補償を受ける、という流れです。切り替え手続きができる場合と比べて、手続きが煩雑で負担が大きくなってしまいますが、これを面倒だからと放置しておくと、適切な補償を得られなくなってしまう可能性があります。

    間違って健康保険を使ってしまった場合には、必ず労災保険への切り替え手続きを行いましょう。

  4. (4)医療費全額前払いが難しいときの対応

    切り替え手続きができない場合、医療費全額をいったん自己負担する必要がありますが、金額が大きいなどの理由で困難なケースもあるかと思います。このようなときには、医療費全額の自己負担なく労災を請求する手続きがありますので、活用してください。

    手続きの流れは、次のとおりです。

    • ① 労働基準監督署へ、全額を自己負担せずに請求したい旨を申し出る
    • ② 労働基準監督署で、健康保険の保険者と調整し、保険者への返還請求額を確定する
    • ③ 健康保険の保険者から、返還通知書等が届く
    • ④ 返還通知書等が届いたら、「療養の給付請求書」(様式第7号・第16号の5)と一緒に、労働基準監督署に提出する

    ただし、この手続きは、各種の調整に時間と労力がかかるため、おすすめはできません。

3、労災保険だけでは損害のすべてを補償してもらえない

自己負担なく病院を受診できる労災保険ですが、生じた損害すべてを補償してもらえるかといえば、そうではありません。

たとえば、労災により負傷し、仕事を休まなければならなくなった場合、労災保険からは休業補償給付を受けられます。しかし、その金額は給付基礎日額の計80%までであり、かつ休業が4日目以降の分からしか支払われません。休業3日目までの給料や、残りの20%分の補償は受けられないこととなってしまいます。

また、労災保険では、慰謝料という費目はありません。もし、会社側に非があり労災事故が引き起こされたとしても、精神的な苦痛に対する賠償については一切補償されないのです。したがって、労災保険だけでは補償が十分でないケースがあるのが実情です

4、会社への損害賠償請求

  1. (1)会社に対して損害賠償請求ができるケース

    労災事故について、会社側に使用者責任を問えるケースや、会社の安全配慮義務違反がある場合、労災とは別に、会社に対して損害賠償を請求することができます

    労災事故には、単独で起きてしまったものや、他の従業員の故意や不注意などによって事故が起きてしまったケースがあります。もし、あなたやあなたのご家族が被害にあった労災事故が、他の従業員の故意や過失によるものであれば、当該の従業員に対してだけでなく、当該従業員を使用(雇用)している会社側にも、その責任があるのです。これを、使用者責任と呼びます。

    他方、安全配慮義務違反とは、会社が負っている、従業員が生命・身体等の安全を確保しつつ働くことができるように必要な配慮を行う義務(労働契約法5条)に違反していたケースを指します。たとえば、使用している機器に修理が必要であることがわかっているのに会社側が放置していた結果、労災事故が起きたときなどが該当するでしょう。

    労災保険では補償していない慰謝料などの請求も、損害賠償請求であれば可能です。ただし、労災保険から給付を受けている金額を損害賠償の額から差し引いて計算されるのが原則となります。したがって、労災保険で補償された金額に不足する分を請求するという流れになるでしょう。

    なお、会社の指示に従わずに事故を起こした場合など、労働者自身にも過失がある場合には、損害賠償額から過失割合に応じた金額が相殺されます。

  2. (2)損害賠償請求を行う手順

    会社に損害賠償を請求する場合、まずは、適切な損害賠償金額を計算したうえで、会社側へ直接請求します。口頭などではなく、書面で、かつ発送日や受取日、請求の内容を後日争いになったときに請求内容を明らかにできる内容証明郵便を利用すべきです。

    この時点で交渉が決裂し和解できないときは、調停や労働審判、または訴訟となる、という流れです。

    • 調停
    • 調停とは、裁判所内の調停室で調停委員を介して行われる話し合いの場です。調停はおよそ月に1回ずつ開催され、双方が納得できれば調停成立となります。

    • 労働審判
    • 労働審判委員会によって行われる、話し合いによる解決も目指しながら、最終的には審判を行う制度が、労働審判です。裁判とは異なり、審理は非公開で行われます。原則として3回以内の期日で審理を終え、約3か月前後で終了するケースがほとんどです。したがって、申し立ての段階から、主張や証拠は漏れなくすべて提出しておく必要があるなど、手続きの特徴を踏まえた対応が求められます。ただし、労働審判の結果に不服があれば訴訟に移行することとなります。場合によっては初めから訴訟を提起したほうがよいことがあるため、事案に応じた個別具体的な判断が必要です。

    • 訴訟
    • 公開された法廷で裁判を行います。会社が話し合いに応じない、調停や審判を無視するケースや、双方の主張の隔たりが大きく話し合いの余地がない場合に利用することとなります。判決が下るまでには長い時間がかかるケースが一般的です。
  3. (3)損害賠償請求を検討するとき弁護士に相談すべき理由

    前述のとおり、損害賠償請求をするためには、まずは適切な金額を会社に提示する必要があります。この際、あなたに請求する権利がない場合はもちろん、法的根拠のない数字を提示したところで会社が同意するはずがありませんし、低すぎる金額を提示して損をしてしまわないよう細心の注意を払う必要もあります。また、自分自身で交渉をしようとしても、労災によって傷病の治療を行わなければならないあなたにとっては非常に大きな負担となるでしょう。

    そのため、まずは弁護士に損害賠償請求ができるかどうか、できる場合はいくらぐらい請求できるものなのかなどについて相談してください。そのうえで、対応を依頼した場合は、弁護士があなたの会社と直接交渉を進めます。あなた自身は治療に専念することが可能となります。

    また、弁護士が当初より対応している場合は、訴訟を視野に入れた対応が可能です。労働者個人が相手であれば無視をしようとする経営者は意外と多いものですが、弁護士が相手であれば交渉が進むケースは少なくありません。また、実際に裁判所を通じた手続きを行うことになったとしても、弁護士が対応していればスムーズに進めることが可能です。

5、まとめ

労災の治療で病院を受診するときは、健康保険を利用することはできません。間違って健康保険を使ってしまったときには、労災保険への切り替え手続きが必要です。まずは、受診した病院に連絡し、切り替え手続きが可能かどうかを確認しましょう。
病院で切り替えができない場合、いったん医療費全額を自己負担する必要がありますが、これが困難な場合には、全額自己負担なしで切り替え可能な手続きも用意されています。

会社に使用者責任を問えるケースや、安全配慮義務違反があれば、労災とは別に損害賠償を請求することも可能です。この場合、労災では補償されない慰謝料などを請求することもできます。損害賠償請求を検討する場合は、まずは労働災害の対応についての知見が豊富な弁護士に相談するとよいでしょう。労災専門チームがあるベリーベスト法律事務所では、適切な金額を受け取れるよう尽力いたします。まずはお気軽にご相談ください。

※記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

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