業務中や通勤中に負傷をしたり、疾病にかかってしまったりした場合には、労災申請することで、労災保険から金銭的な補償を得ることができます。労災申請と呼ばれる手続きは、労災保険で受けたい保険給付の内容ごとに「給付の請求手続」を行うことになります。
しかし、労災保険給付の申請には時効期間が存在しますので、早めの申請を行うことが大切です。
もしうっかり時効期間を過ぎてしまったという場合や、労災保険給付の内容だけでは十分な補償が得られない場合などには、併せて会社に対する損害賠償請求を行うことも検討しましょう。
この記事では、労災保険給付請求の時効期間や、会社に対する損害賠償請求の方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災保険給付の時効は2種類ある
労災保険の給付金には、給付の種類ごとに請求の期間制限、いわゆる時効が定められています。時効期間は大きく5年または2年の2とおりに分かれますが、いつから時効起算が進行するか(起算点)についても重要なポイントになります。
そこで、まずは各労災保険の概要と時効期間の起算点について解説します。
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(1)時効期間が5年のケース
時効期間が5年の給付金は、以下のとおりです。
●遺族(補償)年金・遺族(補償)一時金
労働災害により死亡してしまった被災労働者の遺族に対して、逸失利益の補填(ほてん)や生活保障の観点から支給される給付金です。「遺族(補償)給付」とも呼ばれます。時効の起算点 被災労働者が亡くなった日の翌日
●障害(補償)給付
労働災害を原因とする負傷や疾病が治った後、身体に一定の障害が残った場合に、逸失利益を補填する観点から支給される給付金です。時効の起算点 傷病が治癒した日の翌日
※傷病が治癒した日とは、医師により症状固定の診断が下された日をいいます。 -
(2)時効期間が2年のケース
時効期間が2年の給付金は、以下のとおりです。
●療養(補償)給付
労働災害を原因とする負傷または疾病について療養を必要とする場合に、治療費などを補填(ほてん)する観点から支給される給付金です。時効の起算点は、費用を支払った日の翌日です。つまり負傷または疾病が発生した時から2年を経過していたとしても、実際に治療費などを支払った時点から2年を経過していなければ、その治療費について療養(補償)給付を請求することが可能です。時効の起算点 療養の費用を支出した日の翌日
●休業(補償)給付
労働災害を原因とする負傷または疾病のせいで就業できなかった場合に、休業期間中の収入を填補する観点から支給される給付金です。時効期間の起算点は、賃金を受けない日の翌日とされています。つまり、負傷または疾病が発生した時から2年を経過していたとしても、給付請求日からさかのぼって2年以内の期間にもらえるはずだった給与に対応する休業(補償)給付については、依然として請求が可能です。時効の起算点 賃金を受けない日の翌日
●葬祭料(葬祭給付)
労働災害を原因として死亡してしまった被災労働者の葬儀を行う遺族などに対して、葬儀費用などを填補する観点から支給される給付金です。時効の起算点 被災労働者が亡くなった日の翌日
●介護(補償)給付
障害(補償)年金または傷病(補償)年金の受給者のうち、障害等級・傷病等級が第1級または第2級(第2級は「精神神経・胸腹部臓器の障害」のみ)に該当する人が現に介護を受けている場合に、介護費用を填補する観点から支給される給付金です。時効期間の起算点は、介護を受けた月の翌月1日とされています。つまり、要介護になった時から2年を経過していたとしても、給付請求日からさかのぼって2年分の介護費用に対応する介護(補償)給付については、依然として請求することが可能です。時効の起算点 介護を受けた月の翌月1日 -
(3)時効の規定がない給付金
上記の例外として、傷病(補償)等年金・傷病特別給付金・傷病特別年金については、労働基準監督署長の職権により支給されるため、請求時効は設けられていません。
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(4)会社に労災隠しをされていたときの時効は?
労災申請をしたくても、会社から「労災申請はできない」と拒まれてしまった、という方もいるようです。しかし、業務中に負傷したり、会社に命じられた長時間労働が原因で病気になったり過労死をしてしまったりしたのであれば、会社を通さず自分で労災申請を行えます。
したがって、よほど特別な事情がない限り、会社が労災申請を拒んだり労災隠しをしたという理由で時効の起算点が変わることはありません。労災の請求条件を満たしている場合は、できるだけ早い段階で、ご自身(またはご遺族やご家族)が直接労働基準監督署へ問い合わせ、労災保険給付請求の手続きを行いましょう。
2、労災保険請求の時効期間を過ぎても損害賠償請求ができる可能性がある
労災保険の時効期間を経過してしまい労災の認定がされなかったとしても、会社に対して損害賠償請求をすることにより、被災労働者が被った損害を賠償してもらえる可能性があります。会社に対して損害賠償請求をするためには、会社の「安全配慮義務違反」または「使用者責任」の行為を明らかにする必要があります。
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(1)安全配慮義務とは
労働契約上、労働者が労働を提供するにあたって、会社は労働者の生命や身体の安全を確保するために必要な配慮をする義務を負います(労働契約法第5条)。安全配慮義務は契約上の義務であるため、会社がこれに違反した場合には、労働者は、会社に対して債務不履行に基づく損害賠償責任を追及することができます(民法第415条第1項)。なお、生命や身体の安全を確保する環境は、工場や工事現場などに限らず事務所であっても同様に求められます。
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(2)使用者責任とは
会社の従業員による業務上の不法行為が原因で、労働者の負傷・疾病などが発生した場合には、原則として会社も被災労働者に対する不法行為責任(使用者責任)を負担します(民法715条)。ただし、会社が従業員の選任および事業の監督について相当の注意をした時、または相当の注意をしても損害を防げなかった時は、例外的に会社は使用者責任を負いません。「従業員による業務上の不法行為」でよくあるケースとしては、業務に起因する従業員同士のケンカ、社用車での事故、セクハラ・パワハラなどが挙げられます。
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(3)安全配慮義務違反・使用者責任に基づく損害賠償請求権の時効期間
安全配慮義務違反(債務不履行)を理由とする損害賠償請求権については、債権一般の消滅時効に関する規定が適用され、以下のいずれか早い時期に時効により消滅します(民法第166条第1項)。
<安全配慮義務違反の消滅時効>
①権利を行使することができることを知った時から5年間行使しない時
②権利を行使することができる時から10年間行使しない時 ※人身傷害の場合は20年
一方、使用者責任を理由とする損害賠償請求権については、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効に関する規定が適用され、以下のいずれか早い時期に時効により消滅します(民法第724条、第724条の2)。
<使用者責任の消滅時効>
①被害者が損害および加害者を知った時から3年間行使しない時 ※人身傷害の場合は5年
②不法行為の時から20年間行使しない時
3、労災事故で損害賠償請求を行う方法は?
労災事故を原因とする負傷や疾病などについて、会社に対して損害賠償請求を行う方法は、大きく分けて示談交渉と、労働審判や訴訟を起こす方法の2つが考えられます。なお、損害賠償金を受領するよりも先に労災保険給付を受給している場合には、受け取り済みの給付金額が損害賠償金から差し引かれるため、注意が必要です。
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(1)会社と交渉して示談を行う
第一段階としては、話し合いで示談がまとまるように、会社との間で損害賠償について交渉することが考えられます。示談とは、裁判をせずに当事者同士で話し合い、示談金額なども含めた決着をつける行為です。
しかし、会社が労働者側の言い分をすんなり聞き入れるケースばかりとは限りません。交渉のためには、会社側の責任や損害の存在を客観的に説明する必要があるでしょう。また、そもそも会社と労働者は主従の関係にあることから、社会的な立場や交渉力に大きな差があります。そのため、当事者の精神的な負担も大きくなります。弁護士に示談交渉を一任することで、前述のようなリスクや負担が軽減することが期待できますので、交渉前に、まず相談することをおすすめします。 -
(2)労働審判や訴訟を起こす
会社との間で示談交渉がまとまらない場合には、労働審判や訴訟などの法的手続きを通じて、会社に対して損害賠償を求めていくことを検討すべきでしょう。これらの手続きは一般の方にとって煩雑な作業も多く、専門的な知識が必要となるため、やはり弁護士に依頼をすることが賢明です。
4、労災事故の損害賠償請求を弁護士へ相談するメリット
会社に対して労災事故の損害賠償請求を行う場合、弁護士に依頼することには多くのメリットがあります。
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(1)証拠の収集について適切なアドバイスを受けられる
裁判において会社の損害賠償責任を認めてもらうには、会社の故意または過失により発生した労働災害を原因として損害を被ったという事実を、証拠により立証しなければなりません。弁護士は、損害賠償責任の立証にどのような証拠が有効となるかを熟知していますので、必要な証拠を収集するための適切なアドバイスを受けることができます。
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(2)法律・裁判例などに基づいた適正な損害賠償金額を請求できる
会社に対して損害賠償を請求する際には、法律や裁判例などに照らして、裁判になった場合に認められるであろう賠償金額を正しく把握しておくことが重要です。賠償金額についての正しい見通しを持っていないと、会社が安すぎる賠償金額を提示してきた場合に、安易に応諾してしまうことにもなりかねません。
弁護士に相談をすれば、法律や裁判例などに基づいた適正な賠償金額を知ることができます。 -
(3)交渉の代理を依頼することで精神的負担を減らせる
会社と労働者では交渉力に大きな差があるため、労働者がひとりで会社に立ち向かうのは非常に大変です。労働災害の解決実績がある弁護士に依頼をすれば、知識や経験の面での会社との差を埋めることができます。また、会社との交渉自体も弁護士が代行してくれるので、労働者の精神的負担は大きく軽減されるでしょう。
5、まとめ
労災保険給付には、給付の種類によって請求時効が設定されています。各給付の時効期間と起算点を踏まえて、期限内に確実に請求を行いましょう。もし労災保険給付の時効期間を過ぎてしまった場合でも、会社に対する損害賠償請求を行う余地が残されている場合がありますので、まずは弁護士に相談することをおすすめします。
労災事故でお悩みの方は、まずはベリーベスト法律事務所にご相談ください。会社との交渉から法的措置に至るまで、依頼者さまが十分な補償を得られるように全力でサポートいたします。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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