業務中に脊髄損傷を負ってしまった場合、リハビリテーション後も身体に麻痺が残ってしまう可能性が高く、さらに様々な合併症を併発するおそれもあります。
会社に労災発生の責任が認められる場合には、労災保険からのみでは補償されない慰謝料などについて、会社に対して賠償請求をすることができます。脊髄損傷は非常に重篤な後遺症が残りやすいため、しっかりとした補償を受けるためにも会社への賠償請求も検討すべきでしょう。
この記事では、業務中に脊髄損傷を負ってしまった場合における、後遺症や合併症の労災保険上の取り扱い、会社への賠償請求について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災(労働災害)時の脊髄損傷の取り扱い
会社の業務中に脊髄損傷を負った場合、労災保険給付を請求することができます。
また、労災発生について会社に責任が認められる場合には、会社に対して損害賠償を請求することも可能です。
-
(1)業務中の脊髄損傷は労災保険給付の対象
使用者は、労働者を労災保険に加入させることが義務付けられています。
業務中に何らかの事故によって脊髄損傷を負った場合、「業務災害」として労災保険給付の対象になります。
この場合、労災保険給付を請求することで給付を受けることができるようになるので、必要な書類をそろえて漏れなく請求してください。
なお、会社が労災保険への加入を怠っている場合や、労災保険給付の請求に非協力的な場合にも、労働者主導で請求を行うことができます。
詳しくは労働基準監督署の窓口で相談してみましょう。 -
(2)労災保険給付の種類
脊髄損傷によって受給できる労災保険給付には、主に以下のものがあります。
① 療養(補償)給付
治療費・入院費などの実費が補償されます。
② 休業(補償)給付
脊髄損傷の治療のために仕事を休んだ場合、休業4日目以降、平均賃金の80%が補償されます。
③ 障害(補償)給付
症状固定後に身体に一定の障害が残った場合、等級に応じて金銭が給付されます。
④ 傷病(補償)給付
脊髄損傷の治療が長引き、1年6か月以上治らない(症状固定しない)場合に、一定の金銭が給付されます。
⑤ 介護(補償)給付
脊髄損傷の後遺症が、障害等級第1級または第2級の精神・神経障害等に該当し、要介護となった場合に、介護費用が補償されます。 -
(3)労災保険給付を受給するまでの流れ
労災保険給付の請求手順は、以下のとおりです。
① 治療・症状固定の診断
まずは速やかに医療機関を受診し、脊髄損傷の治療を行います。
治療は効果がなくなるまで継続し、これ以上治療の効果がないと判断された時点で、医師が「症状固定」の診断を行います。
② 労働基準監督署への給付請求
労災保険給付は、原則として「被災労働者が所属する事業場の所在地を管轄する労働基準監督署」に対して請求します。
請求書の各様式は、以下のページからダウンロードできます。
(参考:「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」(厚生労働省))
なお、労災保険指定医療機関で医療を受けた場合の医療費に限り、医療機関の窓口で給付の手続きを行うことができます。
(参考:「労災保険指定医療機関検索」(厚生労働省))
③ 審査を経て給付
給付請求を受けた労働基準監督署は、提出書類から給付の妥当性を審査し、問題なければ労災保険給付を行います。 -
(4)会社の使用者責任や安全配慮義務違反を追及することも可能
労災保険給付だけでは、被災労働者に生じた損害がすべて補填されない場合もあります。
その場合は、使用者責任(民法第715条第1項)または安全配慮義務違反(労働契約法第5条、民法第415条第1項)に基づき、会社に対して追加の損害賠償を請求することが可能です。
特に、慰謝料は労災保険給付の対象外である一方で、脊髄損傷による後遺症のような、後遺症が重大な場合の金額は高額になる傾向にあるため、会社に対する損害賠償請求の重要性は高いといえます。
2、脊髄損傷の主な症状と合併症(併発疾病)について
脊髄損傷は、身体の中枢神経を損傷する重篤な負傷であり、損傷部位によって、麻痺や感覚障害などの重い症状を引き起こします。
また、場合によっては全身に合併症を生じ、日常生活に大きな支障が出てしまう可能性もあります。
-
(1)脊髄損傷の主な症状
脊髄損傷の症状としては、身体の麻痺がよく知られています。
麻痺の程度としては、全身麻痺のような極めて重篤なものから、身体の一部分に限られるものや、ある程度運動機能が残るものまでさまざまです。
また、痛みや異常な感覚を覚えるなどの「感覚障害」を発症したりするケースもあります。 -
(2)脊髄損傷の合併症
合併症とは、特定の疾患(またはその治療としての手術・検査等)が原因となって発症する別の病気を意味します。
脊髄損傷に起因して発生する可能性のある主な合併症は、以下のとおりです。① 呼吸器合併症
首に近い位置の脊髄(頚髄)が損傷すると、呼吸に用いる筋肉が麻痺してしまい、人工呼吸器が必須となります。
また、咳(せき)がうまくできなくなることで、痰(たん)詰まりや肺炎を引き起こしやすくなります。
② 循環器合併症
脈が遅くなる、起き上がった際に低血圧になるなどの症状が発生します。
また、足などが動かせない場合は血栓(血管の中で血液が固まる)のリスクが上がります。
③ 消化器合併症
感覚障害によって胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの痛みに気づかず、手遅れになるケースがあります。急性期(脊髄損傷を負ったばかりの時期)は特に要注意です。
④ 泌尿器合併症
麻痺によって排尿機能が阻害され、尿路感染症等を引き起こしやすくなります。
⑤ 褥瘡(じょくそう)※床ずれ
長期間の寝たきりなどによって、ベッドに接触している部分が圧迫され、壊死(えし)してしまいます。
3、脊髄損傷について認定される障害等級と合併症の取り扱い
脊髄損傷では重篤な後遺障害が残ることが多く、労災保険給付を請求する際には「障害(補償)給付」のウエイトが高くなります。
障害(補償)給付の金額は、診断書等を基に認定される「障害等級」によって決まるため、医師から適切な診断を受けることが大切です。
また、脊髄損傷の合併症についても、労災保険による補償の対象になる場合があるので、医師の診断書をもとに漏れのない給付請求を行ってください。
-
(1)脊髄損傷の障害等級
脊髄損傷に起因する後遺症について、主に認定される可能性のある障害等級は以下のとおりです。
1級 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの 2級 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの 3級 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの 5級 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの 7級 神経系統の機能または精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの 9級 神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの 12級 局部にがん固な神経症状を残すもの 14級 局部に神経症状を残すもの
大まかには、以下の要領で障害等級が認定されます。
- 要介護であれば1級または2級
- 要介護ではないものの、身体の主要部位に麻痺が残る場合は、労働能力の喪失状況に応じて3級~9級
- 手足の一部分などに軽い麻痺が残る程度であれば12級または14級
-
(2)合併症の労災保険上の取り扱い
脊髄損傷による合併症のうち、以下の25種類については、脊髄損傷との因果関係が認められるものとして、原則として労災保険給付の対象になります。
<労災保険給付の対象になる合併症>- 褥瘡(じょくそう)
- 皮膚がん(褥瘡がん)
- 起立性低血圧
- 運動障害域の神経病性関節症
- 運動障害域の痙縮亢進(こうしん)
- 麻痺域疼痛(痛覚脱失性疼痛)
- 自律神経過反射
- 体温調節障害
- 肩手症候群
- 関節周囲異所性骨化(麻痺域)
- 関節拘縮(麻痺域)
- 脊柱の変形
- 外傷性脊髄空洞症
- 人工呼吸中の気管内チューブによる気管粘膜の潰瘍または声門、気管狭窄(きょうさく)
- 肺感染症
- 無気肺
- 尿路、性器感染症(ぼうこう炎、尿道炎、尿管炎、前立腺炎、副睾丸炎)
- 尿路結石症
- 腎盂(じんう)腎炎、菌血症
- 膿腎症
- 水腎症、水尿管症
- 腎不全
- 膀胱がん
- 感染症(骨髄炎、化膿(かのう)性関節炎、敗血症)
- 血栓性静脈炎
一方、以下の疾病については原則として労災保険給付の対象外ですが、個々の病状経過に対する診断によっては、例外的に労災保険給付の対象となるケースもあります。<原則として労災保険給付の対象外となる疾病>- 睡眠時無呼吸症候群
- 胃・十二指腸潰瘍
- 上部消化管出血
- 頑癬(がんせん)、白癬(はくせん)
- 高血圧、動脈硬化症
- 糖代謝異常、糖尿病
- 抗利尿ホルモン分泌異常症候群
- 気管支ぜんそく
- 胃がん等上部消化管悪性新生物
- 膵炎(すいえん)
- 尿崩症
4、後遺障害慰謝料は労災保険の対象外|会社に対する請求を
労災保険では、治療費などの実費や労働能力喪失による逸失利益などは補償されますが、精神的損害を補填する慰謝料は一切給付されません。
労災保険給付によって補償されない損害は、会社に対して損害賠償を請求できる場合があります。
特に脊髄損傷の場合、後遺症に関する後遺障害慰謝料が高額になるケースが多いので、弁護士に相談して会社への損害賠償請求を検討すべきでしょう。
-
(1)後遺障害慰謝料の相場は?
労災による負傷・疾病の後遺症(障害)に係る後遺障害慰謝料は、交通事故の後遺障害慰謝料に準じて、等級ごとに以下のとおり金額の目安が定められています。
後遺障害等級 後遺障害慰謝料 1級 2800万円 2級 2370万円 3級 1990万円 4級 1670万円 5級 1400万円 6級 1180万円 7級 1000万円 8級 830万円 9級 690万円 10級 550万円 11級 420万円 12級 290万円 13級 180万円 14級 110万円 -
(2)会社に対する損害賠償請求は弁護士に相談を
会社に対して後遺障害慰謝料などの損害賠償を請求するには、会社の使用者責任(民法第715条第1項)または安全配慮義務違反(労働契約法第5条、民法第415条第1項)を主張立証する必要があります。
そのためには、法的知見に基づいた主張の組み立てと、主張に応じた証拠収集を周到に行うことがポイントです。
また、会社との交渉や訴訟手続きは、被災労働者やその家族がご自身で対応すると、時間的・精神的に大きな負担がかかってしまいます。
会社への請求に向けてしっかりとした準備を整えるため、また被災労働者や家族の負担を緩和するためにも、早めに経験豊富な弁護士に相談することをおすすめします。
丁寧なヒアリングに基づく調査・検討と、必要な手続きの代行によって、依頼者の負担を軽減しながら適正な権利の実現をサポートします。
5、まとめ
労災によって脊髄損傷を負ってしまった場合、労災保険からの補償のほかに、会社に対して損害賠償を請求できる場合もあります。
合併症についても労災や損害賠償の対象になり得るので、弁護士に相談して漏れのない請求を行いましょう。
ベリーベスト法律事務所では、労災問題を取り扱う経験豊富な専門チームにより、労働者の方が適正な補償を受けていただけるようにバックアップいたします。
労災による負傷や疾病にお悩みの被災労働者やご家族の方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
同じカテゴリのコラム
-
業務中に機械や器具に挟まれたり巻き込まれたりして、負傷または死亡してしまうケースがあります。このような労働災害の被害にあった場合には、労災保険から補償を受けら…
-
業務上の原因によってケガをした、または病気になったなどの場合には労災保険給付を受給できるほか、会社に対しても損害賠償を請求できる可能性があります。損害賠償の交…
-
自分の不注意で怪我をした場合にも、仕事中または通勤中の怪我であれば、労働基準監督署に申請して労災保険給付を受けられます。さらに、会社に対する損害賠償請求も認め…