ベリーベスト法律事務所
労働災害(労災)コラム

役員は労災保険が適用されない? 特別加入で万が一に備える方法

更新:2024年10月09日
公開:2024年10月09日
  • 労災
  • 役員
役員は労災保険が適用されない? 特別加入で万が一に備える方法

労災保険は、労働者を対象とした保険制度ですので、役員や事業主などは労災保険に加入することはできません。

しかし、一定の要件を満たす役員や事業主は、特別加入制度により労災保険に加入することが認められています。特別加入の要件を満たす役員の方は、万が一に備えて、労災保険への加入を検討した方がよいでしょう。

今回は、役員と労災保険との関係や特別加入制度の手続きなどついて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。

1、役員に労災保険は適用されない

労働者ではなく、役員が怪我をした場合、労災保険を利用することはできるのでしょうか。

  1. (1)労災保険とは労働者と家族を守る制度

    労災保険とは、正式名称を「労働者災害補償保険」といい、業務上の事由または通勤により負傷などした労働者に対して、必要な保険給付を行う制度をいいます。労災保険は、労災によって被災した労働者の損害を補填する制度ですので、労災保険の適用対象は、労働者に限定されています

    労働者とは、労働に対して賃金を支払われる人のことをいい、正社員に限らず、パート、アルバイトなどすべての労働者が対象になります。しかし、会社の役員は、「労働者」にはあたりませんので、原則として労災保険に加入することはできません

  2. (2)「名ばかり役員」なら労災が適用される

    会社の役員については、原則として労災保険は適用されません。しかし、役員にあたるかどうかは、単に「取締役」などの肩書で判断するのではなく、役員としての実態があるかという実質面で判断することになります。

    そのため、実態が労働者と変わらない、いわゆる「名ばかり役員」であれば労災保険の適用を受けることができます。この「名ばかり役員」に該当するかどうかは、以下のような基準によって判断されます。

    • 業務執行権があるかどうか
    • 会社の指揮監督を受けて労働をしているかどうか
    • 労働の対象としての賃金を受けているかどうか


    たとえば、役員としての肩書が与えられていたとしても、労働者であったときと業務実態が変わらず、上司の決裁がなければ取引を行う権限が与えられていないようなケースであれば、「名ばかり役員」として労災保険が適用される可能性があります。

2、役員でも加入できる「特別加入制度」とは

役員は、労災保険に加入することができませんが、「特別加入制度」を利用することで、労災保険による補償を受けることが可能になります

  1. (1)特別加入制度とは

    特別加入制度とは、労災保険の適用対象となる「労働者」に該当しない人であっても、一定の要件を満たす場合には、特別に労災保険への加入を認める制度をいいます。

    労災保険が適用されない役員であっても、特別加入制度を利用することができれば、労災保険による補償を受けることができます。

  2. (2)特別加入制度の対象者

    労災保険の適用対象外となる労働者であれば、誰でも特別加入制度を利用できるというわけではありません。特別加入制度を利用できるのは、以下に限られます。

    ① 中小事業主等
    中小事業主等とは、以下の2つに当たる場合をいいます。

    ・ 一定規模の労働者を常時使用する事業主
    中小事業主等といえるには、業種に応じて以下の企業規模(労働者数)である必要があり、それを満たしている事業主(事業主が法人である場合には、その代表者)は、中小事業主等に該当します。

    • 金融業、保険業、不動産業、小売業:50人以下
    • 卸売業、サービス業:100人以下
    • 上記以外の業種:300人以下


    なお、労働者を通年雇用しない場合であっても、1年間に100日以上労働者を使用している場合には、常時労働者を使用しているものとして扱われます。

    ・ 労働者以外で上記事業に従事する人
    中小事業主等に当たるとされた事業主の事業に従事する人、たとえば事業主の家族従事者や中小事業主が法人である場合には代表者以外の役員など、は中小事業主等にあたります。

    また、上記のとおり中小事業主等に該当するとしても、特別加入制度を利用するには以下の2つの要件を満たしていることが必要となります。

    ・雇用する労働者について保険関係が成立していること
    そもそも会社で雇用する労働者がいるにもかかわらず、労災保険に加入していないという場合には特別加入の要件を満たしません。そのため、まずは雇用する労働者について、保険関係が成立していることが必要になります。

    ・労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること
    労働保険の事務処理は、通常は事業主自らが行うべきものになりますが、特別加入制度を利用する場合には、労働保険事務組合に委託してこれらの手続きを行うことになります。労働保険事務組合に事務処理を委託するときは、所定事項を記載した「労働保険事務等委託書」を労働保険事務組合に提出し、承認を得る必要があります。


    ② 一人親方等
    一人親方等とは、以下の11の事業について、労働者を使用せずに常態として行う人のことをいいます(労働者を使用する場合であっても使用する日の合計が1年間で100日に満たないときには、一人親方にあたり得ます)。

    • 自動車を使用して行う旅客もしくは貨物の運送の事業または原動機付自転車もしくは自転車を使用して行う貨物の運送の事業
    • 土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、原状回復、修理、変更、破壊若しくは、解体又はその準備の事業
    • 漁船による水産動植物の採捕の事業
    • 林業の事業
    • 医薬品の配置販売の事業
    • 再生利用の目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業
    • 船員法第1条に規定する船員が行う事業
    • 柔道整復師法第2条に規定する柔道整復師が行う事業
    • 高年齢者雇用安定法第10条の2第2項に規定する創業支援等措置に基づき、同項第1号に規定する委託契約その他の契約に基づいて高年齢者が新たに開始する事業または同項第2号の社会貢献事業に係る委託契約その他の契約に基づいて高年齢者が行う事業
    • あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律に基づくあん摩マッサージ指圧師、はり師またはきゆう師が行う事業
    • 歯科技工士法2条に規定する歯科技工士が行う事業


    なお、上記11の事業及び後記③にある特定作業従事者に該当しない「特定フリーランス事業」として特別加入ができる場合もあります。

    ③ 特定作業従事者
    特定作業従事者とは、以下のいずれかに該当する人のことをいいます。

    • 特定農作業従事者
    • 指定農業機械作業従事者
    • 国または地方公共団体が実施する訓練従事者
    • 家内労働者およびその補助者
    • 労働組合等の一人専従役員
    • 介護作業従事者および家事支援従事者
    • 芸能関係作業従事者
    • アニメーション制作作業従事者
    • 情報処理システムに係る作業従事者


    ④ 海外派遣者
    海外派遣者として、特別加入制度を利用できるのは、以下のいずれかに該当する場合に限られます。

    • 日本国内の事業主から海外の事業に労働者として派遣される人
    • 日本国内の事業主から海外の中小規模の事業に労働者以外の立場として派遣される人
    • 開発途上地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体から派遣され、開発途上地域での事業に従事する人

3、特別加入制度の補償範囲と計算式

以下では、特別加入制度の補償範囲と労働保険料の計算方法について説明します。

  1. (1)特別加入制度の補償範囲

    事業ごとに補償範囲が定められていますが、中小事業主等が特別加入制度により保障される労災給付は、業務災害においては、以下のいずれかに該当する場合に行われます。

    • ① 申請書の「業務の内容」欄に記載された労働者の所定労働時間内に、特別加入申請した事業のためにする行為およびこれに直接附帯する行為をする場合
    • ② 労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合
    • ③ ①または②に前後して行われる業務を中小事業主等のみで行う場合
    • ④ 上記の①②③の就業時間内における事業場施設の利用中および事業場施設内で行動中の場合
    • ⑤ 事業の運営に直接必要な業務のために出張する場合
    • ⑥ 通勤途上で次の場合
      ・労働者の通勤用に事業主が提供する交通機関の利用中
      ・突発事故による予定外の緊急の出勤途上
    • ⑦ 事業の運営に直接必要な運動競技会そのほかの行事について労働者を伴って出席する場合


    これらに該当する事由により労災の被害に遭った場合には、通常の労働者と同様に、労災保険から保険給付を受けることができます。

  2. (2)労働保険料の計算方法

    中小事業主等が特別加入制度を利用して、労災保険に加入する場合には、労働保険料の支払いが必要になります。その際の保険料は、以下のような計算式によって計算します。

    年間保険料=保険料算定基礎額(給付基礎日額×365日)×保険料率


    給付基礎日額は、3500円~2万5000円の範囲で特別加入者自身が任意で定めることができます。また、保険料率については、事業ごとに定められた割合が適用されます。

4、特別加入制度の手続きの流れと注意点

特別加入制度を利用する場合には、以下のような手続きが必要になります。

  1. (1)労働保険事務組合に委託する

    前記のとおり、中小事業主等が特別加入制度を利用するためには、労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託する必要があります。
    労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託する際には、入会金、会費、事務手数料などの料金が発生します。

  2. (2)特別加入申請書を提出する

    特別加入申請書には、特別加入を希望する人の業務の具体的内容、業務歴、希望する給付基礎日額などを記入します。
    記入した特別加入申請書は、労働保険事務組合を通じて、所轄の労働基準監督署長を経由し、都道府県労働局長に提出されます

  3. (3)保険料を支払う

    労災保険の特別加入の承認が得られた場合には、所轄の都道府県労働局または労働基準監督署に、労働保険料の支払いを行います。

    労働保険料は、特別加入者が任意に定めた給付基礎日額に基づき計算されます。給付基礎日額が高いほど保険料も高くなりますが、その分補償も充実します。そのため、保険料の負担と補償の内容を踏まえて、給付基礎日額を決めていくとよいでしょう。

  4. (4)加入時の注意点

    特別加入制度を利用する際には、以下の点に注意が必要です。

    ① 役員のみの会社では加入できない
    中小事業主等が特別加入制度を利用するためには「雇用する労働者について保険関係が成立していること」が要件となります。そのため、中小事業主等であっても役員のみの会社では、この要件を満たしませんので、特別加入制度を利用することはできません。

    ② 特別加入にあたって健康診断が必要な業務がある
    特別加入を希望する人が以下の業務に一定期間従事している場合には、加入申請時に健康診断の受診が求められます。

    • 粉じん作業を行う業務に3年以上勤務している場合
    • 振動工具を使用する業務に1年以上勤務している場合
    • 鉛業務に6か月以上勤務している場合
    • 有機溶剤業務に6か月以上勤務している場合


    健康診断の結果、すでに疾病にかかっているような場合には、特別加入が認められない可能性もあります。

5、まとめ

役員は、労働者にはあたりませんので原則として労災保険の適用を受けることができません。しかし、役員であっても一定の要件を満たせば、労災保険への特別加入が認められるケースもあります
業務による怪我や病気を懸念されている方は、労災保険特別加入制度への加入を検討してみるとよいでしょう。

この記事の監修者
外口 孝久
外口 孝久
プロフィール
外口 孝久
プロフィール
ベリーベスト法律事務所
パートナー弁護士
所属 : 第一東京弁護士会
弁護士会登録番号 : 49321

交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。

この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。

この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

同じカテゴリのコラム

労働災害(労災)コラム一覧はこちら

初回のご相談は60分無料
0120-83-2030 平日 9:30~21:00/土日祝 9:30~18:00
24時間WEBで受付中 メールでお問い合わせ