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労働災害(労災)コラム

退職後でも労災申請は可能か。会社への損害賠償請求も併せて解説

更新:2023年02月20日
公開:2023年02月20日
  • 労災
  • 退職後
退職後でも労災申請は可能か。会社への損害賠償請求も併せて解説

労災にあってしまったが、事情があって退職するまでに労災の申請ができなかったという場合、退職後に労災申請を行うことは可能なのでしょうか。

本コラムでは、労災にあった方が退職後にもきちんと補償を受けられるよう、労災を受けられるのはどのような場合か、労災を受けるためにはどのような手続きをすればよいのかなどを解説します。

1、労災認定は退職後でも申請可能か

  1. (1)そもそも労災とは

    労災(労働災害)保険制度とは、業務または通勤によって労働者に負傷・疾病・障害・死亡が発生した場合に、保険給付を受けることができる制度のことをいい、労働者災害補償保険法に定められています。

    労災補償の特徴は、
    ① 使用者の無過失責任(使用者に過失がなくても責任を負う)
    ② 労働者の過失相殺なし(労働者に過失があっても減額されない)
    ③ 保険料は全額使用者負担
    という点にあります。
    これは、使用者は労働者を雇用して営利活動を行い、利益を追求するものである以上、それに伴うリスクも負担させ、労働者を保護するべきだとされているからです。

    そのため、労災補償は、使用者が加入手続を取っていなくても申請が可能ですし、原則としてひとりでも労働者を雇用していれば労災保険関係が成立します。使用者が、加入はしていたけれども保険料を支払っていなかったという場合でも、労働者は労災を申請することができます。

  2. (2)労災補償を受けるための条件

    労災補償を受けるための条件は、業務災害と通勤災害とで異なりますので、区別して考えなければなりません。ここでは、それぞれの条件についてお伝えします。

    ① 業務災害
    業務災害で労災を受けられるのは、「業務遂行性」と「業務起因性」の両方が認められる場合です。

    「業務遂行性」とは、労働契約に基づき使用者の支配下にあることをいいます。また、「業務起因性」とは、労働者が労働契約に基づき使用者の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと認められることをいいます。

    これだけでは具体的なイメージが難しいかもしれませんので、次の表で、それぞれについて該当し得るケースとそうでないケースを整理しました。

    該当し得るケース 該当し得ないケース
    業務遂行性
    • 工場で作業中、プレス機械に指を巻き込まれて切断した
    • 始業時間前の準備作業中にケガをした
    • 昼休みに外に食事に出掛けて車と接触した
    • 休憩時間中に炊事場で料理をしていたら包丁でケガをした
    • 地震や台風などの天災によってケガをした
    業務起因性
    • 過重労働が原因で就寝中に脳梗塞を発症した
    • パワハラが原因でうつ病を発症して、正常な判断ができずに自殺した
    • 私怨で同僚とケンカになり殴られてケガをした
    • 飲酒しながら作業をしていて転落して死亡した

    ② 通勤災害
    通勤災害の場合は、次のいずれかの移動に該当すれば、労災を受けることができます。

    • 住居と就業場所との間の往復
    • 厚生労働省令で定める就業場所から、他の就業場所への移動
      →複数の場所で勤務することとなっていて、そのために移動するような場合
    • 住居と就業場所との往復の前、または後の住居間の移動
      →休みに入る前に、単身赴任先の住居から実家に帰省するような場合

    こちらは、具体的なイメージがしやすいかと思いますが、注意しなければならない点が2つあります。

    1つは、いずれの移動についても、一般に労働者が用いるものと認められる合理的な経路・方法を用いる必要がある点です。当日の交通事情により遠回りした場合や、雨のためその日だけ電車を利用したという場合であっても、それが一般に用いられると認められるものであれば、平常用いている経路・方法であるかにかかわらず、合理的な経路・方法に該当します。

    もう1つは、移動中に、労働者が、日用品の購入・職業訓練・選挙権行使・通院などのため日常生活上必要な移動をしたとしても、それが必要最小限の範囲であれば、労災の対象となる移動に該当するという点です。

    ただし、これに該当しない移動をした場合には、通勤が逸脱・中断したと評価され、それ以降の移動は通勤とならないとされます。

  3. (3)退職後でも労災の申請は可能

    実は、業務災害・通勤災害が起こって労災を申請する前に会社を退職した場合でも、実際に労災を受けている途中で会社を退職した場合でも、労災への影響は一切ありません。

    なぜなら、労働者災害補償保険法12条の5第1項で、「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」と明確に定められているからです。

    ただし、労災を申請するためには、給付請求書などの必要書類を労働基準監督署に提出する前に、ケガの日時やケガをした経緯などについて、事業主から記載に間違いがないという証明(事業主証明)をもらわなければなりません。

    そのため、労災を申請する前に退職している場合には、この事業主証明を得ることが困難になる可能性があります。

    なお、使用者が事業主証明を拒否したとしても、労働者の側で申請書を作り、労働基準監督署に提出することで、労災の申請自体は行うことができます(ただし、別途、上申書を添付する必要があります)。

  4. (4)使用者からの退職勧奨に従う義務はない

    労災を申請して療養のために休業することとなった場合、使用者から退職勧奨を受けるケースが見受けられます。

    使用者は、労働基準法19条1項によって、業務による負傷・疾病の療養のために休業する期間中と療養後30日間、労働者を解雇することが禁止されていますので、退職勧奨によって、労働者の側に「辞めます」と言わせようとする意図があるのかもしれません。

    退職勧奨そのものは、労働者が拒絶する意思を明確に示したのにしつこく繰り返すような場合を除き、原則として使用者が自由に行うことができます。そのため、労災で療養中の労働者に退職勧奨を行ったとしても、それが直ちに違法になるわけではありません。

    しかし、退職勧奨は、あくまでも退職を促すものに過ぎませんので、労働者がこれに同意して「辞めます」と言わない限り、退職の効果が発生することはありません。また、労働者は、退職勧奨に従う義務などなく、自由に断ることができます

    労災で療養中に退職勧奨を受けたときは、その理由を尋ねるとともに、退職する意思がないのであれば、拒絶するという意思をはっきりと伝えましょう。あいまいな返事に終始してしまっていると、迷っていると判断され、繰り返し退職勧奨を受けることになりかねませんし、明確な拒絶が認められず、退職勧奨の違法性を争うことが困難になるリスクも生じかねません。

2、自分で労災を申請する方法

  1. (1)労災病院に行った/行っていない場合

    労災は、労働者本人またはその遺族から申請する必要があります

    使用者が手続をしてくれる場合もありますが、それはいわばサービスとして行ってくれているものです。

    労災を申請する流れには、①労災指定医療機関(労災病院)で診療を受ける方法と、②それ以外の病院で診療を受ける方法の、2通りの方法があります。

    ① 労災指定医療機関で診療を受けた場合
    この場合、労働者は、療養そのものを労災保険から現物給付されたことになりますので、費用を支払う必要がありません。労災指定医療機関は、厚生労働省のウェブサイトで検索することが可能です。

    この場合、診療を受ける前に事業主証明をもらっておき、それを病院に提出しなければなりません。

    ② 労災病院以外で診療を受けた場合
    労災指定医療機関以外の病院でも診療を受けることが可能ですが、この場合、いったん、労働者で費用の全額(10割分)を負担する必要があり、事後に、労災保険から同額の給付を受けることとなります。

    この場合、病院で診療を受けた後に事業主証明をもらい、労災の給付請求書とともに、労働基準監督署に提出します。
  2. (2)健康保険を使ってしまった場合の切り替え手続き

    労災にあって病院で診療を受ける場合には、労災保険を利用する必要があり、健康保険は利用できません(業務災害と通勤災害で異なる点がありますが、詳細は省略します)。健康保険法において、労災は健康保険の対象外とする旨が定められているからです。

    もし労災だったのに、健康保険を使ってしまった場合には、健康保険から労災保険へ切り替えをしなければなりません。

    切り替え手続きは、
    ① 受診した医療機関に労災の切り替えができるかどうか確認する
    ② 健康保険組合(国民健康保険の場合は市区役所)に連絡する
    ③ 健康保険組合から自己負担分(3割)の残り(7割)の返還請求を待つ
    ④ 返還請求があれば7割分を健康保険組合に返金する
    ⑤ 必要な書類をそろえて労働基準監督署に労災を申請する
    という流れで進めます。

    間違って健康保険を使った場合には、正しく労災保険への切り替え手続きを行いましょう。

  3. (3)時効に注意

    労災の申請は、退職したかどうかに関係なく行うことができますが、時効で消滅することがありますので、この点に注意しましょう。

    労災保険にはいくつか種類がありますが、その内のひとつ、障害(補償)給付は、傷や病気が治癒した日の翌日から5年、遺族(補償)給付も、死亡の日の翌日から5年で時効にかかります

    その他の給付の時効は、2年です。たとえば、療養(補償)給付であれば、治療費が確定・支出した日ごとに、休業(補償)給付であれば、賃金を得られなかった日ごとに、その日の分が2年経過後に時効消滅することとなります。

    ただし、傷病(補償)年金は、請求によらずに職権で決定されるものですので、時効はありません。

3、労災が原因の障害が残りそうなときの手続き

  1. (1)障害等級認定の流れ

    労災による傷病が症状固定(これ以上治療を続けても改善できない状態)した後、障害が残ったときには、
    障害(補償)年金
    障害(補償)一時金
    障害特別支給金
    障害特別年金
    障害特別一時金
    の支給を受けることができます。
    一方、これまで受けていた、療養(補償)給付や休業(補償)給付は、受け取ることができなくなります。

    そのため、もし完治せず障害が残りそうな場合には、障害等級認定の申請を検討しましょう

    障害の等級は、重い順に第1級から第14級までに分類され、等級に応じて、どの給付を受けられるか、それぞれの給付の金額などが決まります。

    障害等級認定は、医師が症状固定と判断した後に行われます。

  2. (2)障害等級認定では診断書が重要

    後遺障害診断書とは、障害に該当する症状について、第三者である専門家の医師が客観的に記載するものです。この診断書は、障害等級認定を受けるための、非常に重要な書類です。障害等級認定は、後遺障害診断書に基づき、労働基準監督署による審査や対面での面談を経て決定されます。

    医師に症状を正確に把握してもらい、適正な後遺障害診断書を作成してもらうために、症状固定との診断を受けるまで、医師の指示に従って通院する必要があります。自分の判断で通院を中止したりすると、正確な診断を受けることができなくなるリスクがありますので、医師の指示に従い、良好な関係を築くようにしましょう。

    また、労災にあってしまった場合には、早めにベリーベスト法律事務所でご相談ください。当事務所では、症状固定前の早いうちからご相談いただければ、適切な認定を受けられるよう交通事故に精通した弁護士や顧問医が後遺障害等級認定申請をサポートいたします。

4、会社(使用者)への損害賠償請求が可能な場合も

  1. (1)安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求

    事故について使用者の安全配慮義務違反が認められる場合には、労災とは別に損害賠償を請求することもできます。

    使用者は、労働者が生命・身体等の安全を確保しながら働けるように、必要な配慮を行う義務を負っています(労働契約法5条)。

    使用者がこの義務に反して労災が発生した場合、労働者は、使用者に対して、安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求を行うことができます

    損害賠償請求では、労災ではカバーされない慰謝料なども請求することができますので、労災に比べて高額となることが多くなります。ただし、労災と損害賠償の二重取りはできず、労災ですでに給付を受けた保険金額は、損害賠償の金額から差し引いて計算されることとなります。

    労災では使用者は無過失責任で、労働者に過失があっても過失相殺されませんが、損害賠償請求では、使用者に過失が必要で、また、労働者に過失があれば過失相殺をされる可能性があります。

  2. (2)会社に損害賠償を請求する方法

    会社に損害賠償を請求するための方法としては、交渉・労働審判・通常訴訟などがあります。

    ① 交渉
    交渉は、話し合いでの解決を目指すもので、大きな争いがない場合には、迅速で柔軟な解決を期待することができます。また、療養を終えて復職した後の働き方などについて話し合うこともでき、将来に向かって良い関係を築くこともできるといえます。

    ② 労働審判
    労働審判は、労働審判官(裁判官)とふたりの労働審判員の計3人で構成される労働審判委員会によって、話し合いによる解決も目指しながら、最終的には審判を行う制度です。審理は非公開で行われ、原則として3回以内の期日で審理を終え、約3か月前後で終了します。

    労働審判を申し立てるには、申し立てに至る経緯を具体的に記載する必要がありますので、事前に協議を行ったけれども不調に終わったといった場合に利用することが一般的です。

    ③ 通常訴訟
    通常訴訟は、大きな争いがあるケースや、双方の主張の隔たりが大きく協議する余地がないような場合に利用することとなります。一般的に、再びその会社で働くという可能性は低く、過去について清算するという目的が大きな割合を占めることが多いと見受けられます。

5、労災が起こったら弁護士に相談を

以上お伝えしたように、そもそも労災に当たるかについての判断、労災申請の手続き、会社に対する損害賠償請求には、法律に関する専門的な知識が必要となります。

また、適正な労災認定や障害等級認定を受けるためには、膨大な資料の中から適切な資料を選択し、給付請求書に添付しなければなりません。さらに、労働基準監督署の認定に不服がある場合には、審査請求を行う必要があり、会社に損害賠償を請求する場合には、裁判等の手続きを取る必要もあります。

労災にあって心身ともに負担があるなかで、これらの対応をすべて自分で行うのは大きな負担であるといえます。
適正な補償を受け、ご自身の負担を減らし療養に専念するためにも、労災にあったときには、労災事件に詳しい弁護士への相談・依頼をおすすめします

6、まとめ

労災保険制度は、労働者を迅速・公正に保護するために必要な保険給付を行うとともに、社会復帰の促進、労働者や遺族の援護、労働者の安全・衛生の確保を目的とする制度です。

退職後でも申請は可能ですし、使用者が安全配慮義務違反をしていた場合には、労災とは別に損害賠償を請求することも可能で、この場合には、労災ではカバーされない慰謝料を請求することができるようになります。

ベリーベスト法律事務所では、後遺障害等級認定のサポートから、会社との協議の代理人、審判や裁判など法的手続きをとる場合の代理人まで、労災にあってしまった方に対するさまざまなサポートを行っております。

労災にあってしまったら、なるべく早めに当事務所にご相談ください。

※記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

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