労働災害によって労働者が負傷してしまった場合には、労災保険から一定の給付を受けることができます。しかし、労災保険からの給付だけは、労働災害によって被ったすべての損害を補填するには不十分である場合が多いことも事実です。
その場合には、別途会社(企業)に対して損害賠償を請求することを検討しましょう。本コラムでは、労働災害によって負傷した労働者が、会社に対して損害賠償を請求する際の留意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災保険給付を受けたらそれ以上の補償は望めない?
労働災害によって負傷し、または疾病にかかってしまった場合、労災保険給付を申請することによって、ある程度損害を補填してもらうことができます。
この点で、たしかに労災保険給付は、労働災害の被害者となった労働者にとって大きな助けとなる金銭的給付です。
しかし、会社に対する損害賠償請求も並行して行うことが可能です。会社に対して損害賠償金を請求することによって、より適切な救済を受けられる可能性が高くなります。
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(1)労災保険給付は損害の全額を補償してくれるわけではない
労災保険給付の金額は、労災保険で認められた項目しか請求することができませんし、症状や労働災害当時の労働者の収入などに応じて、一定の計算式・算定表に基づいて画一的に決定されます。
そのため、実際に発生した損害を補填することができず、必然的にずれが生じることになるケースが起こりえるのです。
特に労災保険給付では、精神的な損害(慰謝料)を補填する項目がありませんので、多くの場合、労災保険給付のほうが実際に発生した損害よりも少額となり、労災保険給付だけでは損害を補填しきれないという事態が発生しがちであるといえるでしょう。 -
(2)会社に責任がある場合には債務不履行・不法行為責任を追及できる
労災保険給付だけでは損害を補填するのに十分でないという場合は、会社に対して損害賠償請求をすることを検討しましょう。
労働者は会社の不法行為(民法709条)、または労働契約法上の債務不履行責任(民法415条)を根拠として、会社から損害賠償金を受け取れる可能性があります。具体的にどのような場合に損害賠償請求が認められるかについては、次の項目で解説します。
2、会社に対して損害賠償を請求できるケース、できないケース
会社に対して損害賠償を請求するための根拠は、大きく分けて①不法行為と②債務不履行の2つです。
不法行為については会社の「使用者責任」が、債務不履行については会社の「安全配慮義務違反」がそれぞれ問題となります。
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(1)使用者責任が認められる場合は請求可能
民法第715条第1項本文では、使用者は、被用者(従業員)が業務上第三者に対して損害を加えた場合、その損害を賠償する責任を負う旨が定められています。つまり労働者が、ほかの従業員による何らかの故意または過失行為によって業務上負傷し、または疾病にかかった場合には、その従業員の責任が会社の責任にもなるということです。
たとえば工場で作業している労働者が、同僚のミスによって発生した機械の誤作動が原因で負傷した場合は、多くの場合で会社の使用者責任が認められるでしょう。
ただし、以下の場合には例外的に使用者責任が否定されます(同項ただし書き)。- ① 使用者が被用者の選任およびその事業の監督について相当の注意をしたとき
- ② 相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき
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(2)安全配慮義務違反がある場合は請求可能
労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。つまり、会社は労働者が業務上負傷し、または疾病を負わないようにするということも含めて、労働者が安全に就労できるような環境を整える義務があるということです。
会社の安全配慮義務にもかかわらず、労働者にとって危険な状況が放置されたことを原因として労働災害が発生した場合には、労働者は会社に対して、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を追及できます。
たとえば工場で作業している労働者が、作業効率を上げるために機械の安全確認作業を割愛するよう指示されていたことによって、機械に巻き込まれて負傷したようなケースでは、会社の安全配慮義務違反が認められる可能性が高いでしょう。 -
(3)会社に責任がない場合には請求不可
不法行為・債務不履行責任のいずれも、会社(または従業員)に損害発生に関する故意または過失が存在することを前提としています。したがって、会社に何らの責任がないと認められる場合には、会社に対して損害賠償を請求することはできません。
たとえば、以下のようなケースが想定されます。- 機械の使い方について十分な事前の指導が行われていた。
- 操作自体はそれほど難しくなかったにもかかわらず、労働者の単純なケアレスミスにより操作を誤って負傷が発生した。
- 会社からの帰宅中に事故にあったが、寄り道中に起きた事故だった。
上記のケースでは、会社に対する損害賠償請求は認められない可能性が高いでしょう。
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(4)損害賠償請求権が時効により消滅した場合も請求不可
不法行為・債務不履行に基づく損害賠償請求権には、それぞれに対応した消滅時効が設けられていることに注意しなければなりません。
不法行為・債務不履行に基づく損害賠償請求権(人身損害)の消滅時効期間は、現行民法の規定上、それぞれ以下のとおりです。
<消滅時効期間>不法行為(使用者責任) 以下のうちいずれか早いほう
① 被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから5年間行使しないとき(民法第724条第1号、第724条の2)
② 不法行為のときから20年間行使しないとき(民法第724条第2号)債務不履行(安全配慮義務違反) 以下のうちいずれか早いほう
① 債権者が権利を行使することができることを知ったときから5年間行使しないとき(民法第166条第1項第1号)
② 権利を行使することができるときから10年間行使しないとき(同項第2号)
消滅時効期間が経過してしまうと、会社から消滅時効を援用された場合、労働災害に関する損害賠償請求が認められなくなってしまうので注意しましょう。
3、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた事例
労働災害による負傷等について、会社の労働者に対する安全配慮義務違反が認められた裁判例の概要を2つ紹介します。
① 新人研修プログラム参加中の負傷した従業員による損害賠償請求
新人研修で24キロもの長距離を歩行するプログラムに参加し、膝関節などを負傷した労働者に対する、会社の安全配慮義務違反が認定されました。
判示では、会社は労働者の訓練を中断し、病院を受診することを認める義務を負っていたにもかかわらず、それを怠ったと結論づけられました(広島地裁福山支部 平成30年2月22日判決)。
② 長時間労働に起因するうつ病または適用障害を発症し自殺した労働者の遺族による損害賠償請求
違法な長時間労働などが原因でうつ病を発症した結果、勤務中に自殺した従業員の遺族による損害賠償請求です。
一審(青森地裁八戸支部 平成30年2月14日判決)では、自殺と長時間労働の因果関係が認められず、請求はすべて棄却されました。その後遺族が控訴し、平成30年12月に労働基準監督署にて労災認定がされ、安全配慮義務違反が認められたこともあり、控訴審では、使用者責任に基づく請求分が認められました(仙台高裁 令和2年1月28日判決)。
4、労災認定後、会社に損害賠償請求を行う方法は?
労働災害による負傷について、労災認定の手続きそのものは会社が行う義務があります。もし対応してくれない場合は、労基署(労働基準監督署)に相談してください。
労災認定されたのち、会社に対して損害賠償を請求する方法には、大きく分けて①交渉、②労働審判、③訴訟の3つがあります。いずれの場合であっても、弁護士に依頼をすることをおすすめします。
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(1)会社と交渉を行う
法的手続きに頼らずとも、交渉によって会社が任意に損害賠償に応じてくれるのであれば、それに越したことはありません。
しかし、会社と労働者の間には経済力・マンパワー・社会的地位などの観点から大きな力の差があるため、会社が労働者の言い分をすんなり認める可能性は低いでしょう。また、適切に請求するためにも、休業損害や逸失利益分まで正確に計算する必要がありますが、労働者が自らこのような計算をすることは困難です。
そのため、会社と交渉を行う際には弁護士に依頼したほうがよいでしょう。交渉の場においても、弁護士が同席することによって、法的な専門性などの差を埋めることが有効になります。 -
(2)労働審判を申し立てる
会社が任意の損害賠償に応じてくれない場合には、「労働審判」という手続きを利用する選択肢もあります。
労働審判は、裁判官1名と労働問題の専門家2名の計3名で構成される労働審判委員会の主宰により、会社・労働者間で発生した労務紛争についての調停・審判を行う手続きです。労働審判の期日は原則として最大3回までと決まっているため、訴訟に比べて迅速な解決が期待されます。
労働審判は裁判所における専門的な手続きです。弁護士に依頼をして漏れがないように準備を進めることをおすすめします。 -
(3)損害賠償請求訴訟を提起する
労働審判の内容に対して当事者から不服申し立てが行われたなど、会社と労働者が徹底抗戦の様相を呈した場合は、最終手段として訴訟に訴えるほかありません。
訴訟では、労働者側の主張を基礎付ける証拠を収集したうえで裁判所に提出し、さらに「なぜ会社の損害賠償責任が認められるべきなのか」ということについて、裁判所を説得する必要があります。
効果的な主張・立証活動を行うためには、事実関係と法律論を踏まえた周到な準備を行うことが大切です。やはりひとりで対応しようとせず、弁護士に相談をしながら、進めたほうがよいでしょう。
5、まとめ
労災が認定され、すでに労災保険給付を受け取っていても、会社に使用者責任や安全配慮義務違反が認められる場合には、会社に対して損害賠償請求を行うことができます。
会社から労働災害についての適切な補償を受けるためにも、労働事件に関する知識・経験が豊富なベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談ください。
そのほかにも、未払いの残業代があったり業務中の事故による負傷がもとで退職を迫られていたりするケースは少なくありません。そのようなケースであっても、ワンストップで対応することが可能です。おひとりで悩まず、まずはご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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