労働災害(※業務または通勤を原因として労働者が負傷、疾病、障害または死亡すること。以下「労災」といいます。)で労働者が死亡した場合、残されたご家族は深い悲しみに襲われると同時に、経済的な柱を失ってしまうことになります。
遺族が被った損失について補てんを受けるためには、まず労災保険の申請を行うことが第一歩です。遺族の方は労災保険給付で「遺族補償給付」(年金・一時金)などを受け取ることができます。
しかし、労災保険給付だけでは、ご家族を失った損害をすべて回復できるわけではありません。また、ご家族の死亡という重大な事態を招いた会社に対して、何らかの補償を求めたいと考える人も多いのでしょう。
このコラムでは、労災事故によりご家族を亡くした遺族の方が受け取ることができる労災保険給付の内容や、会社に対して損害賠償請求ができるケースについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、遺族が受け取ることができる労災保険給付
ご家族が労働災害で亡くなった場合、労災保険から遺族(補償)給付および葬祭料(葬祭給付)を受けることができます。
このうち、遺族(補償)給付(※業務上の災害の場合は「遺族補償給付」、通勤上での災害の場合は「遺族給付」といいます。)には、「遺族(補償)年金」「遺族(補償)一時金」の2種類があります。
まずは、それぞれの給付の内容と、請求の期限(時効)について解説します。
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(1)遺族(補償)年金
被災労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた場合(共働きで生計の一部を被災労働者が維持していた場合も含む)に、家族などに対して給付されます。
● 遺族(補償)年金
労働基準法上の平均賃金(労災事故日の直前3か月間に支払われていた賃金総額を日割りした金額。ボーナスなどは除かれる。)を「給付基礎日額」として、遺族数(受給権者および受給権者と生計を同じくしている受給資格者の数)に応じて、以下の日数分が毎年支給されます。1人:153日分
2人:201日分
3人:223日分
4人以上:245日分
● 遺族特別支給金(一時金)
一律300万円が支給されます。
● 遺族特別年金
被災労働者の死亡以前1年間に3か月を超える期間毎に支払われていた賃金(ボーナスなど)を日割りした額を「算定基礎日額」として、遺族(補償)年金と同日数分が毎年支給されます。
なお、遺族(補償)年金は、被災労働者が亡くなった日の翌日から5年を経過すると、時効により請求できなくなります。 -
(2)遺族(補償)一時金
以下のいずれかに該当する場合には、被災労働者の配偶者などの家族に対して一時金が支給されます。
- ① 被災労働者の死亡当時に遺族(補償)年金を受ける遺族がいない
- ② 遺族(補償)年金の受給権者が最終順位者まですべて失権した時点で、遺族(補償)年金および遺族(補償)年金前払一時金(※後述)の給付額の合計が、給付基礎日額の1000日分に満たない場合
支給される一時金は以下のとおりです。
● 遺族(補償)一時金
・①の場合
給付基礎日額の1000日分の金額が支給されます。
・②の場合
給付基礎日額の1000日分から、すでに支給された遺族(補償)年金および遺族(補償)年金前払一時金がある場合にはその金額を差し引いた金額が支給されます。
● 遺族特別支給金
・①の場合
一律300万円が支給されます。
・②の場合
支給はありません。
● 遺族特別一時金
・①の場合
算定基礎日額の1000日分の金額が支給されます。
・②の場合
算定基礎日額の1000日分から、すでに支給された遺族特別年金がある場合にはその金額の合計額を差し引いた金額が支給されます。
なお、遺族(補償)一時金も、被災労働者が亡くなった日の翌日から5年を経過すると、時効により請求できなくなります。 -
(3)遺族(補償)年金前払一時金
遺族(補償)年金を受給することになった遺族は、1回に限り、年金の前払いを受けることが認められています。
前払一時金の金額は、給付基礎日額の200日分・400日分・600日分・800日分・1000日分から選ぶことができます。前払一時金が支給されると、各月の遺族(補償)年金額合計が支払われた前払一時金の額に達するまで、その支給は停止されます。
なお、遺族(補償)年金前払一時金は、被災労働者が亡くなった日の翌日から2年を経過すると、時効により請求できなくなります。 -
(4)葬祭料(葬祭給付)
葬祭を執り行った遺族などに対して、葬祭料(葬祭給付)が支給されます。
葬祭料(葬祭給付)の金額は、以下の2つのうちいずれか多い金額となります。- 31万5000円+給付基礎日額の30日分
- 給付基礎日額の60日分
葬祭料(葬祭給付)は、被災労働者の死亡日翌日から2年経過すると、時効により請求できなくなります。
2、遺族(補償)給付および葬祭料(葬祭給付)の受給資格者とは?
遺族(補償)給付および葬祭料(葬祭給付)を受給するためには、所轄の労働基準監督署長に対して、所定の様式による請求書を提出する方法により申請を行う必要があります。
しかし、遺族であれば誰でも受け取ることができるわけではありません。以下、受給資格者について具体的に見ていきましょう。
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(1)遺族(補償)年金の受給資格者
被災労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していたか、共稼ぎ(共働き)で、被災労働者の収入で生計の一部を維持していた、配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹のうち、下記のいずれかに該当する者が受給資格者となります。ただし、実際に遺族(補償)年金を受給できるのは、最上位者のみです。
なお、ここで言う「一定の障害」とは、障害等級5級以上の身体障害をさします。- ① 妻または60歳以上か一定障害のある夫
- ② 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定障害のある子
- ③ 60歳以上か一定障害のある父母
- ④ 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか一定障害のある孫
- ⑤ 60歳以上か一定障害のある祖父母
- ⑥ 18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか60歳以上、または一定障害のある兄弟姉妹
- ⑦ 55歳以上60歳未満の夫
- ⑧ 55歳以上60歳未満の父母
- ⑨ 55歳以上60歳未満の祖父母
- ⑩ 55歳以上60歳未満の兄弟姉妹
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(2)遺族(補償)一時金の受給資格者
被災労働者の死亡当時に、下記のいずれかの身分にあった者が受給資格者となります。遺族(補償)一時金を受給できるのは最上位者のみですが、同順位者が2人以上いる場合は、それぞれで受給することができます。
- ① 配偶者
- ② 被災労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた子・父母・孫・祖父母
- ③ その他の子・父母・孫・祖父母
- ④ 兄弟姉妹
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(3)遺族(補償)年金前払一時金の受給資格
遺族(補償)年金前払一時金は、遺族(補償)年金の前払いですので、受給資格も遺族(補償)年金と同じです。
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(4)葬祭料(葬祭給付)の受給資格
葬祭を行うにふさわしい遺族が受給資格者となります。
なお、葬祭を執り行う遺族がなく、会社が社葬を行った場合は、会社に対して葬祭料(葬祭給付)が支給されます。
3、労災保険だけではカバーされない損害がある
労災保険に基づく遺族(補償)給付は、労働災害によって死亡した被災労働者に発生した損害をすべて補てんしてくれるわけではありません。
そのため、遺族(補償)給付の申請と併せて、会社に対する損害賠償請求ができないかを検討することをおすすめします。
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(1)遺族(補償)給付は画一的に支給される
前述したとおり、遺族(補償)給付は、実際に被災労働者に生じた損害にかかわらず、被災労働者の死亡当時の収入に応じた一定の金額が画一的に支給されるものであり、被災労働者の年収の一部に相当する金額しか支給されません。
また、遺族(補償)給付には、精神的損害に対して支払われる慰謝料は含まれていません。 -
(2)慰謝料等は会社に対して請求できる可能性がある
遺族(補償)給付だけではカバーしきれない損害については、会社に対して損害賠償請求を行うことにより回収できる可能性があります。
ただし、すべてのケースにおいて、会社に損害賠償が請求できるわけではありません。では、損害賠償が請求できるのは、どのようなケースなのでしょうか。
4、会社に対して損害賠償請求が可能なケースとは?
会社に対して損害賠償を請求するためには、会社の被災労働者に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(民法415条)または不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、715条)のいずれかが認められる必要があります。
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(1)会社の安全配慮義務違反が認められる場合
労働契約上、会社は労働者に対して、労働者がその生命・身体などの安全を確保しつつ労働することができるように必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法5条)。
会社がこの安全配慮義務を怠った結果として労働者が死亡した場合には、会社は労働者に対して、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任(民法415条)を負うことになります。
たとえば工場設備についての安全対策が不十分な状態で作業に当たっていた労働者が、機械の暴走に巻き込まれて死亡した場合などは、会社の安全配慮義務違反が認められる可能性があります。 -
(2)会社の使用者責任(不法行為)が認められる場合
民法715条は、従業員を雇用して事業を行う使用者は、従業員がその業務を行うにあたって他人に加えた損害を賠償する責任を負う、とします。これは不法行為責任の一種で、使用者責任といいます。そのため、会社の従業員が故意や過失により他の従業員に危害を加え、当該従業員が死亡した場合、会社はその被災労働者に対して使用者責任を負うことになります。
たとえば工場での作業中に、従業員が機械を誤作動させたことを原因として他の従業員が死亡した場合、機械を誤作動させた従業員を雇用していた会社が被災労働者に対して使用者責任を負うことになります。
ただし、使用者が被用者の選任およびその事業の監督について相当の注意をしていた場合や、相当の注意をしても損害が生じる事態を避けられなかったことが明らかな場合は、会社に対して使用者責任を問うことはできませんので注意が必要です。 -
(3)注意したい重複受給
労災保険給付と会社からの損害賠償は、いずれも被災労働者および遺族の損害を補てんする性質を有するため、重複して受け取ることはできず、調整が必要となります(損益相殺)。
ただし、特別支給金(※死亡事故の場合は遺族特別支給金)については、損害補てんではなく被災労働者の福祉を目的とするものであり、損益相殺は認められないとする最高裁判例があります(最判平成8年2月23日)。また、上記のとおり労災保険から慰謝料は支給されないことから、慰謝料も損益相殺の対象になりません。
具体的には、先に労災保険給付を受給した場合、受給の都度、会社に対して請求できる損害賠償金は減額されていきます。
一方、先に会社から損害賠償金を受け取った場合には、同一の事由に対する労災保険の給付分からその額は控除されます。控除される期間は原則労災発生後7年間です。
5、まとめ
ベリーベスト法律事務所では、労働災害で大切なご家族を失ったご遺族のために、損害賠償請求に必要な準備を全面的にサポートいたします。労働災害の専門チームを中心とした経験豊富な弁護士が、しっかりとお話を伺いますので、ぜひベリーベスト法律事務所にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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