業務上の原因によってケガをした、または病気になったなどの場合には労災保険給付を受給できるほか、会社に対しても損害賠償を請求できる可能性があります。
損害賠償の交渉をする際、会社が示談を提示してくるケースがあります。示談が成立すれば「示談金」という形で、労災保険では補償されなかった部分の損害賠償金(慰謝料等)の支払いを受けられますが、適正な金額や賠償内容であるか、しっかりと見極めることが肝心です。
本記事では労災(労働災害)の示談金について、損害賠償金・慰謝料の違い、金額相場や注意点などをベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災(労働災害)の示談金とは?
業務上の原因によるケガ・病気・障害・死亡(=労災)が生じた際は、労災保険給付の受給のほかに、会社に対する損害賠償請求が考えられます。
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(1)示談金と損害賠償金・慰謝料の違い
損害賠償金とは、安全配慮義務違反(労働契約法第5条)または使用者責任(民法第715条第1項)に基づき、会社が被災労働者または遺族に対して支払う義務を負う金銭です。損害賠償の金額は示談交渉を通じて決まる場合もある一方で、労働審判や訴訟などの法的手続きを通じて決まる場合もあります。
なお、損害賠償金(示談金を含む)にはさまざまな項目(治療費・逸失利益・慰謝料など)が含まれ、慰謝料は精神的な損害として損賠賠償金の一部と位置付けられます。
一方、示談金は、労災に関する紛争を解決したことの証しとして、会社から被災労働者または遺族に対して労災の損害賠償として支払われる金銭です。示談金額は、会社側と被災労働者側の交渉によって決まります。
損害賠償金のうち、示談交渉を通じた合意のもと支払われるのが示談金であると理解すればよいでしょう。 -
(2)労災保険給付は示談金から控除される
業務上の原因によるケガ・病気・障害・死亡(=労災)については、労働基準監督署への請求等によって労災保険給付を受給できます。
労災に関する労災保険給付の種類は以下のとおりです。① 療養補償給付
労災病院または労災保険指定医療機関において、治療を無料で受けられます。その他の医療機関で受けた治療については、その費用の実額が補償されます。
② 休業補償給付
ケガや病気の治療・療養のために休職した場合には、休業4日目以降、平均賃金の80%相当額が給付されます。
③ 障害補償給付
ケガや病気が完治せずに後遺症を負った場合、障害等級に応じて年金または一時金を受給できます。
参考:「障害等級表」(厚生労働省)
④ 遺族補償給付
被災労働者が死亡した場合に、遺族が受給できます。
⑤ 葬祭料
被災労働者が死亡した場合に、葬儀費用の補償として遺族が受給できます。
⑥ 傷病補償年金
傷病等級3級以上のケガや病気が1年6か月経過しても治癒(症状固定)とならない場合に、労働基準監督署長の職権により、休業補償給付から切り替えて支払われます。
参考:「傷病等級表」(厚生労働省)
⑦ 介護補償給付
障害等級もしくは傷病等級1級に当たる障害、または障害等級もしくは傷病等級2級の精神・神経障害および胸腹部臓器の障害により、被災労働者が要介護状態になった場合に、介護費用の補償として受給できます。
上記の項目には、精神的苦痛に対する慰謝料は含まれていません。そのため、労災保険からは慰謝料に関する補償を受けることはできません。
他方で、上記の労災保険給付は、会社の被災労働者に対する損害賠償責任の一部をカバーするものです。したがって、労災保険給付を受給した場合は、その金額が損害賠償金(示談金)から控除されます。
2、労災の示談金の相場
労災の示談金額は、被災労働者に生じたさまざまな損害額を足して相場を算出するのが一般です。
被災労働者に生じる損害の種類(治療費・逸失利益・慰謝料・その他)に応じて、示談金に計上すべき金額の計算方法について解説します。
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(1)治療費|全額カバーされる
治療費については、労災によるケガや病気を治療するため合理的に必要である限り、労災との間に相当因果関係があるものとして全額が損害賠償の対象となります。
したがって基本的には、実際に支出した治療費全額が示談金に計上されるべきです。医療機関から受領した領収書を保管しておき、会社に提示して支払いを求めましょう。 -
(2)逸失利益|収入・労働能力喪失率・就労可能年数に応じて計算
被災労働者が後遺障害を負った場合や、被災労働者が死亡した場合には、将来にわたって失われた収入として逸失利益の損害賠償を請求できます。
示談金に含めるべき逸失利益の金額は、以下の式によって計算するのが合理的です。逸失利益=1年当たりの基礎収入×労働能力喪失率【※1】×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数【※2】-生活費控除【※3】
※1 年間の基礎収入:原則として事故前年の年収の実額。ただし専業主婦(専業主夫)の場合は、賃金センサスに基づく女性労働者の全年齢平均給与額を用います。
※2「就労可能年数とライプニッツ係数表」(国土交通省)
※3 生活費控除:死亡逸失利益を計算する際には、死亡によって支出を要しなくなった生活費相当額(控除前の金額の30~50%)を控除します。
労働能力喪失率は、死亡の場合は100%、後遺症を負った場合は認定される障害等級に応じて以下の割合が目安となります。障害等級 労働能力喪失率 1級 100% 2級 100% 3級 100% 4級 92% 5級 79% 6級 67% 7級 56% 8級 45% 9級 35% 10級 27% 11級 20% 12級 14% 13級 9% 14級 5% -
(3)慰謝料|入通院の期間・後遺症の部位や程度などに応じて決まる
慰謝料は、労災によって受けた精神的損害の賠償金です。入通院慰謝料・障害慰謝料・死亡慰謝料の3種類があります。
① 入通院慰謝料
入院および通院の期間に応じて目安額が決まります。
(例)骨折などの重傷で1か月間入院し、その後6か月間通院した場合の目安額は149万円
② 障害慰謝料(後遺障害慰謝料)
後遺症の部位や程度(≒認定される障害等級)に応じて目安額が決まります(下表参照)。
③ 死亡慰謝料
被災労働者が死亡した場合に請求できます。一家の支柱であれば2800万円程度、母親・配偶者であれば2500万円程度、その他の場合は2000万円から2500万円程度が目安です。障害等級 障害慰謝料 1級 2800万円 2級 2370万円 3級 1990万円 4級 1670万円 5級 1400万円 6級 1180万円 7級 1000万円 8級 830万円 9級 690万円 10級 550万円 11級 420万円 12級 290万円 13級 180万円 14級 110万円 -
(4)その他の損害
上記のほか、以下の損害についても示談金への計上を求めましょう。
- 通院交通費
- 装具、器具の購入費
- 付添費用
- 入院雑費
- 休業損害
- 介護費用
3、会社から労災の示談金を提示されたとき注意すべきこと
会社から労災の示談金を提示された際には、特に以下の2点に注意して、受け入れるかどうかを慎重に判断しましょう。
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(1)会社の主張を鵜呑みにしない
会社側は、被災労働者に対して支払う示談金額を抑えるために、適正な水準よりも低い金額を提示してくることがよくあります。
被災労働者としては、会社側の提示額を鵜呑みにせず、法的な観点から妥当な金額であるかどうかを検討することが大切です。会社の主張を鵜呑みにして、安易に示談に同意するのではなく、必ず持ち帰って弁護士に相談しましょう。 -
(2)示談を検討するのは、治癒(症状固定)の診断を受けてから
労災に当たるケガや病気の治療が続いている状況で会社から示談を提案されたら、その時点では必ず断りましょう。後遺症の有無や内容が固まっていないため、示談金に含めるべき慰謝料や逸失利益等の金額を正しく計算できないからです。
労災について示談を検討するのは、医師から「治癒」の診断を受けてからにしましょう。
ここでいう「治癒」とは、必ずしも「完治」でなく、それ以上治療を続けても症状の改善が見込めないと医学的に判断された状態です。「症状固定」と呼ばれることもあります。
治癒の診断を受けた段階で、後遺症に関する慰謝料や逸失利益を含めた適正な示談金額を計算し、会社の提案を受け入れるべきか否かを判断しましょう。
4、労災の示談金に関する会社との交渉は弁護士に相談を
労災に関する会社との示談交渉は、弁護士に依頼することをおすすめします。
個人である被災労働者は、会社に比べて知識・経済力・人員などについて劣るのが通常です。そのような状況で会社に立ち向かっても、期待する解決が得られる可能性は低いでしょう。
弁護士は、法的な根拠に基づく請求を行い、会社から適正額の損害賠償を受けられるように依頼人をサポートします。また、示談交渉や法的手続きへの対応も弁護士が全面的に代行するため、労力が大幅に軽減される点も大きなメリットです。
労災に関する損害賠償請求でお悩みの際は、まずは弁護士にご相談ください。
5、まとめ
業務上の原因によってケガをした、または病気になったなどの場合には、労災保険給付とは別に会社に対しても損害賠償を請求しましょう。
その際、損害賠償請求に関する示談交渉において、会社から提示される示談金額は、必ずしも適正であるとは限りません。その場で示談に同意するのではなく、持ち帰って弁護士のアドバイスを受けましょう。
ベリーベスト法律事務所は、労災の損害賠償請求に関するご相談を随時受け付けております。ご自身やご家族が労災に遭い、会社に対して損害賠償を請求したい方は、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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