交通事故に遭ったら、自動車保険会社に連絡すればいいと思っていませんか?
その交通事故が通勤中に発生したのなら、労災の手続きも必要になるかもしれません。交通事故だからといって、自動車保険だけを使うとは限らないのです。通勤中の事故に対しては、自動車保険、自賠責保険、労災保険などいろいろな選択肢があります。
今回は、交通事故のさまざまな保険制度について、各保険の違いや通勤時の労災にあたらないケースを解説し、事故後の流れや手続きもご紹介します。
1、労災・自賠責・任意保険、その違いは?
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(1)労災保険とは
労災保険(労働者災害補償保険)とは、業務や通勤中(帰宅途中を含む)に起こった病気や怪我、または死亡などの事故が発生した場合に労働者に支給される補償の制度を指します。
労災保険は労働者が強制的に加入している保険制度です。他の社会保険と違い、労災保険の保険料は、その全額を事業主が負担します。
通勤中にバイクや自転車で転倒して怪我をしたり、営業先に向かう途中で怪我をした場合、仕事中に機械に手を挟まれて骨折をした場合などが対象となります。身体的な怪我だけでなく、精神的な疾患も、業務との因果関係があれば労災の補償対象です。
● 業務災害と通勤災害
労災保険の対象には、業務災害と通勤災害の2種類があります。
業務災害とは、労働者が業務を遂行するうえで生じた疾病や怪我、障害や死亡に至った事故のことです。
通勤災害とは、労働者が通勤(帰宅)中に事故に遭い、傷病や障害、死亡することです。
● 労災保険の補償内容とは
労災保険の主な補償として、治療にかかった費用を補償する療養(補償)給付や、療養のために休業した場合の賃金を補償する休業(補償)給付があります。
また、労災による怪我や病気が、治療開始から1年半以上たっても治らず、症状固定と認められて後遺障害が残った場合は、休業補償給付は傷病補償年金に切り替わり、障害の程度により一時金が支払われます。
そのほか労働者が死亡した場合の遺族補償給付、労働者が常時介護を要する状態になった場合に支給される介護保障給付などがあります。 -
(2)自動車保険(自賠責保険、任意保険とは)
自動車の保険には、自賠責保険と任意保険の2種類があります。自賠責保険は、自動車を保有する人全員に契約加入が義務づけられている強制保険です。任意保険とは、契約するかどうか、契約する場合にどんな内容にするかを、自分で自由に決められる自動車保険です。
● 自賠責保険
自賠責保険の目的は、自動車事故の被害者救済です。交通事故で怪我をした場合の被害者を救う、最低補償の仕組みともいえます。なお、怪我による被害だけを救済対象とするので、物損事故については対象外です。
物損と人身事故が同時に発生した場合は、人身に関する損害だけについて対象となります。補償は自賠責保険の規定で決められた、一定の金額の上限範囲内で保険金が支払われます。なお、対人賠償だけを補償しますので、怪我といっても運転者自身の怪我については対象外です。
● 任意保険
一方、任意保険は自動車の運転によるリスクを幅広くカバーする制度です。自動車会社によってもその補償内容は異なり、さまざまな商品があります。テレビコマーシャルを見かけた人も多いでしょう。
自賠責保険では足りない賠償部分も任意保険に加入することで備えることができます。また、自分自身の怪我についても、契約の内容によっては賠償の対象となります。また、物損についても対物賠償保険がありますので、対応可能です。
任意保険への加入は義務ではありません。しかし、交通事故によって第三者に怪我をさせた場合の賠償額は、自賠責だけでは足りないことが多くあります。足りなかった場合は、加害者が自分の資産から払うことになるため、そのリスクを避けるために、多くの人が任意保険にも加入しています。
2、通勤中に事故に遭った場合、どれを選ぶべきか?
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(1)どれを選ぶかは事故の被害者が決められる
通勤中に事故にあった場合、労災保険、自賠責保険、任意保険のどれを選ぶべきか、法律の規定はありません。労働者は自由に選ぶことができます。また、労働者が労災保険を使う意思がある場合、会社はそのための手続きを拒否することはできません。
もっとも、仮に会社が労災の手続きを拒否した場合でも、労働者は自分で労災の申請をすることが可能です。 -
(2)労災と任意・自賠責保険のメリット、デメリット
では、具体的にどのような場合にどれを選択したらよいのでしょうか。
一般的には、事故の相手の保険を先に利用することが多いですが、以下の通り労災保険を先に使ったほうがよい場合もあります。
● 労災保険を使うとよい場合
一般的にいって、自分の過失が大きいときや、過失の割合を相手方と争っていて不明確な場合は、労災保険のほうが得です。自賠責保険では、過失割合が7割以上の場合、5〜2割の範囲で保険金が減額されるためです。
一方、労災保険にはそのような減額はありません。また、自分が自賠責保険にのみ加入していて任意保険には加入していない場合は、労災保険を先に利用したほうがいい場合もあります。
● 労災保険を使う場合の注意点
労災保険を使用する場合、治療にあたって健康保険を使うことができません。健康保険を使った方が治療費は安く済むことが多いため、この点も過失割合や怪我の程度などによって、どちらを使うか検討します。また、労災保険には慰謝料がなく、自賠責保険には労災保険と異なり、支払いに上限額があることに注意が必要です。
● 損害が120万円以上の場合
自賠責保険の損害の限度額120万円(傷害による)を、怪我の治療費だけで使い切った場合、それ以上は自賠責の利用ができないため、慰謝料が受け取れない可能性があります。この場合は、労災保険を優先して使い、労災保険から治療費を支給してもらった後、労災保険から自賠責保険への治療費求償(労災保険は支払った治療費を自賠責保険に請求する権利を持っています)の前に被害者が自賠責保険に請求すると、自賠責からの慰謝料を回収できます。
● 後遺障害の申請はどちらの保険でも可能
なお、治療しても症状が残った場合は、自賠責でも労災でも、後遺障害の申請をすることができます。審査は、労災保険の場合は労働基準監督署が行い、自賠責保険では自賠責調査事務所が審査を行います。
審査の基準は同じですが、一般的に労災保険のほうが自賠責保険による認定よりも高く出る傾向があるといわれています。
労災と自賠責を併用することも可能ですし、どちらかを先行させることもできます。また、どちらの保険からも受け取れなかった損害部分は、加害者の任意保険と、場合によっては自分自身が加入する任意保険に請求することになります。 -
(3)二重取りにならなければ、併用も可能
このように、労災保険と他の保険を併用することも可能ですが、二重、三重に補償を受けることはできません。
たとえば、通勤中の交通事故で自賠責による補償を受けてから、労災保険からの補償を受ける場合は、自賠責でもらった補償は労災の補償から控除されます。
任意保険に請求する場合も同様で、すでに支払われた部分は、控除される仕組みです。ただし、労災保険の特別支給金については、労災独自の補償ですので、他の保険から控除されることはありません。 -
(4)健康保険を使ってしまった場合の手続き
労災保険を使う場合は、医療費を健康保険で支払うことはできません。病院で治療を受けた場合には、以下二つの方法のうち、いずれかを選ぶことになります。
- ① 被害者自身が全額を窓口でいったん支払って、支払った金額を労災保険に請求する
- ② 医療機関から直接労災保険に医療費を請求してもらう
②の手続きをするためには、先に労災へ申請する必要がありますので、労災で医療給付を受けることになったら、速やかに労災申請をしましょう。
また、労災であるにもかかわらず、うっかり病院で健康保険を使ってしまった場合には、原則として、①の手続きをとる、つまり、全国健康保険協会が負担している医療費(7割)を病院にいったん支払ってから、②の労災保険支給に切り替える必要があります。細かな手続きについては、受診した医療機関に直接問い合わせて指示に従いましょう。
3、労災で通勤災害と認められないケースもある
通勤中の事故でも、通勤災害として認められない場合もあります。通勤災害として認められなければ、労災保険による補償も受けることができませんので、その境目は重要です。
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(1)通勤災害の定義
通勤災害として認められるには、まず、事故に遭った際の移動が、出社のため、または帰宅途中であることが必要です。したがって、事故の起きた当日に就業する予定だったこと、または、現実に就業していたことが必要です。
さらに、事故の起きた移動が次のいずれかに該当し、その移動方法が合理的であった場合に限って、通勤災害と認められます。
● 住居と職場を往復
ここでいう「住居」とは、労働者が実際に日常生活に送っている家屋等のことです。仕事場の近くに部屋を借り通勤している場合には、そこが住居と判断されます。
また、「就業場所」とは、業務を開始または終了する場所のことです。
一般的には、会社や工場などを指します。ただし、営業職などで、特定の区域担当として、自宅から取引先に直行直帰をしている場合には、その日の最初の取引先を業務開始、最後の取引先を業務終了の場所とします。
● 複数の仕事場を移動
複数の場所で働く労働者が、一つ目の仕事場から、次の目の仕事場へ向かうため移動をする場合を指します。仕事場から取引先に移動するときや、自分が管理する複数の店舗を移動する場合などが該当します。
● 転勤のための引っ越し
転勤したために家族と離れて単身赴任となった場合などのことです。
具体的には、転勤に伴い、今の住居と転勤先の職場が遠く、通勤困難となった場合 (片道60キロメートル以上等)、引っ越しのため移動することを指します。
また、- 配偶者がいない場合は、転勤転居に伴う子どもとの別居
- 配偶者も子どももおらず、要介護状態の父母または親族と同居していたが、転勤のため別居する場合
についても同様に取り扱います。
これらの移動経路から逸脱している場合、移動を中断したとみられる場合は、その後の移動も含めて通勤とは認められません。
ただし、逸脱や中断が日常生活上に不可欠なもので、やむを得ない事由かつ最小限である場合は、逸脱または中断以外の移動が通勤として認められます。 -
(2)通勤災害と認められないケースとは
通勤災害かどうかを最終的に判断するのは労働基準監督署であるため、通勤災害と認定されないケースもあります。それでは、どのようなケースが通勤災害と認められないのでしょうか?
● 仕事帰りの飲食
原則、仕事帰りに飲酒や食事をするために、通勤路から関係ない店に立ち寄った場合は、通勤経路から脱しているので、その後の起きた災害については基本的に通勤災害とは認められません。
業務上必要な飲み会は、通勤災害と認められる可能性もありますが、業務上必要といえるケースはまれでしょう。
● 忘れ物を取りに戻った
職場に、仕事に関する忘れ物を取りに帰る場合には通勤災害として認められますが、就業には使っていない私物を取りに帰る途中での事故は、業務との関連性が認めがたく、通勤災害とはいえない可能性が高いでしょう。
● 会社に届け出た方法以外での移動も、労災と認められる
条件を満たしていれば、会社に届け出をしている移動方法と合致している必要はありません。
たとえば、会社には電車通勤と届け出をしていたものの、たまたま徒歩で通勤したときに事故に遭った場合でも、実際に勤務先に向かう途上であり、合理的なルートであれば通勤災害として認められます。
会社にどのように届け出をしているかと通勤災害の認定は関係ないので、届け出と違う通勤方法の場合でも、労災申請は可能なのです。
4、労災認定の手続き
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(1)必要書類をそろえて提出
労災保険の申請の際には、労働者が、自分に必要な申請書を、労働基準監督署に提出しなければなりません。
具体的には、「療養補償給付たる療養の給付請求書」といったタイトルの書面をひとつひとつ記入します。
書類は、請求する労災保険の種類によって異なるため、それぞれの指示に従った準備をしてから提出します。また、労災の申請書類の中には、会社の証明欄が用意されていますので、会社に記載を依頼します。 -
(2)労災申請は、たいてい会社が代行してくれる
実際には、労災にあい労災保険を申請したいと会社に伝えると、申請に必要な書類を会社側が用意して、手続き自体も会社が代行してくれることが多いものです。ただし、会社側が証明欄記入を拒否したり、労災の申請にまったく協力してくれない場合もあります。
また、場合によっては、労災の申請時に、会社が倒産などで消滅している場合もあります。このように会社の協力が得られない場合は、会社を通さず、直接、労働基準監督署に申請することも可能です。
事故の内容にもよりますが、おおむね申請から1~3か月程度の期間で認定されます。
5、迷ったら弁護士に相談を
通勤中に事故にあった場合、自賠責や任意保険と労災の関係について、自分の場合はどうすればよいのか判断するのは困難です。過失割合や後遺障害の見込みなど、自分ひとりでは見通しを立てることも難しいでしょう。
また、労災申請をすると決めても、その手続きや書類の作成などは、複雑で手間がかかるものです。弁護士に相談すれば、一般論だけでなく、ご自身のケースではどんな補償が受けられるか、そのために具体的な手続きをどうすればいいのか、適切なアドバイスを受けることができます。
会社側や労働基準監督署とうまくやりとりができず、手続きが進まない場合や、賠償金額に不満がある場合には、法的な観点から労働者の立場に立ったアドバイスも受けられます。
また、必要に応じて、相手方との交渉や申請、そして万が一労災が認められない場合の不服申し立て手続きなども、弁護士に任せられます。被害者の負担を軽減できるうえ、補償や賠償額をしっかり受け取れるのは、弁護士に相談する大きなメリットといえるでしょう。
しっかりとした補償・賠償を得るために、手続きに不安がある場合は、弁護士に相談することをおすすめします。ベリーベスト法律事務所では、通勤中の事故について経験豊富な弁護士が多数在籍し、ご相談に応じています。お気軽にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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