出勤中や勤務中に転倒してケガをすれば、労災に該当し給付を受けられる可能性があります。いつもと違うルートで通勤した場合や、出張中にケガをした場合、飲み会帰りの途中でケガをした場合なども同様です。
また、そのケガのせいで仕事ができず、給料の支払を受けることができない場合には、休業損害についても労災給付の対象となり得ます。
この記事では、転倒によるケガが、どのような状況であれば労災に当たるのか、どのように労災を申請するのか、労災からの給付にはどのようなものがあるのか、などについてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、通勤中の転倒は労災になる?
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(1)通勤災害とは
通勤中の転倒によるケガは、労災の「通勤災害」に該当する可能性があります。通勤災害とは、通勤によって労働者(従業員)に発生したケガなどのことをいいます。
労災における通勤とは、次の①②③のいずれかの移動を、合理的な経路や方法で行うことを意味するとされています。① 自宅と会社との間の往復
② 就業の場所から他の就業の場所への移動
例:午前にA営業所で勤務し、午後からB営業所に移動するケース
③ 単身赴任先の住居と帰省先住居との間の移動であって、①に先行しまたは後続するもの
例:金曜日の夜に、退勤してから単身赴任先の住居で荷物を整理し、家族の住む自宅に帰省するケースただし、移動の経路から外れたり(逸脱と呼ばれます)、途中で立ち寄った場所で移動を中断したりしたような場合には、それ以降の移動は通勤に当たらないと扱われますので、その後の移動でケガをしても労災には当たらないこととなります。
具体的には、通勤途中で映画館に入る場合や、飲酒する場合などが該当します。
しかし、これには以下のような例外があります。- 通勤の途中で近くの公衆トイレを使用する
- スーパーやコンビニで日用品の買い物をする
- 共働きで子どもを保育園へ送迎する
- 病院にて診察や治療を受ける
このように日常生活上必要な行為である場合には、逸脱にも中断にも該当しません。そのため、その後の移動も、原則として通勤として取り扱われます。 -
(2)通勤中の転倒が労災になる/ならないケース
どこにも立ち寄らず通勤している最中のケガであれば、通勤災害に当たることが明らかですが、そうではないイレギュラーなケースでは、労災に当たるかどうかの判断が難しいことがあり得ます。
以下の具体例をもとに「労災になる/ならないケース」をみていきましょう。
- 通勤経路として会社に申請済みのルートでの転倒 この場合には、通勤に当たり、労災が認められる可能性が高いといえます。
- 電車通勤と申請していたけれども車で通勤していた場合 車通勤が認められておらず、電車で通勤すると申請していたにもかかわらず、車で通勤していて事故に遭うというケースも考えられます。
- 会社への申請ルートとは異なる道での転倒 人身事故などで普段使う電車が止まっていたため、振替輸送を使っていつもとは違うルートで通勤していたところ、人混みに押されて転倒しケガをしたというような場合、通常は合理的な経路といえますので、労災に当たる可能性が高いと考えられます。
- ホテルに宿泊した翌日に出社する途中での転倒 計画運休や地震・台風などによって電車が止まって自宅に帰ることができないため、会社の近くのホテルに宿泊した場合、ホテルが一時的な住居になると考えられます。
- 仕事終わりの飲み会帰りでの転倒 移動の経路から外れたり(逸脱)、途中で立ち寄った場所で移動を中断したりしたような場合には、それ以降の移動は通勤に当たりませんが、前述のとおり、例外として、日常生活上必要な行為をする場合には、逸脱にも中断にも該当せず、それ以降も通勤として取り扱われます。
- 出張先へ移動中の転倒 出張は、出張先での業務に加えて、出張先への移動も含めて業務に当たると考えられています。
つまずいて転倒した場合だけでなく、雪や凍結などの自然現象が原因で滑って転倒した場合、工事現場からの落下物でケガをした場合、交通事故に巻き込まれた場合なども対象となり得ます。
しかし、労災が認められるかどうかは、通勤のために合理的な経路・方法であるかどうかが重要であり、会社が認めていない方法だから労災が認められないということはありません。
したがって、会社への申請とは異なる方法で通勤していた場合であっても、労災が認められる可能性は十分にあり得ます。
しかし、特に合理的な理由がないにもかかわらず、気分転換のためにいつもと違うルートで遠回りをした場合や、仕事とは関係のないプライベートの用事のために立ち寄りをしたような場合には、合理的な経路とはいえないことから、労災の適用がない可能性が高くなります。
したがって、宿泊先のホテルから会社に向かう際に転倒してケガをした場合には、労災が認められる可能性が高いといえます。
ただし、この場合でも、途中で経路の逸脱・中断があれば、それ以降は通勤でないとされることはその他のケースと同じですので、労災が適用されなくなります。
もっとも、通常、飲み会は日常生活上必要な行為には該当しないと考えられますので、飲み会から帰る途中でのケガに労災の適用はないということができます。
ただし、仕事帰りに夕食を外食しただけの場合には、食事は日常生活上必要な行為に当たりますので、労災の認められる可能性があると考えられます。
したがって、出張先への移動中に転倒してケガをしたというような場合、通勤中のケガではなく、業務中のケガと判断される可能性が高いと考えられます。
業務中のケガは業務災害と呼ばれ、通勤災害とは異なるものとして取り扱われますが、労災の適用があることに変わりはありません。
2、業務中の転倒は労災になる
同じ労災ですが、実際に業務を行っている最中のケガは業務災害と呼ばれ、通勤中のケガである通勤災害とは区別されています。
業務災害と認められるためには、
① 従業員が労働契約に基づき、事業主の支配下にあること(業務遂行性)
② 事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められること(業務起因性)
の2点に該当することが必要です。
したがって、業務を行っている最中に転倒してケガをしたという場合には、業務災害として労災の適用を受けることになる可能性が高いと考えられます。
作業などのまさに仕事を行っている最中のケガに労災の適用があるのは当然ですが、これ以外にも、勤務時間中にトイレに行こうとした際のケガや、休憩のために飲み物を買いに行く際のケガ、昼休み中のケガなども、業務災害として労災の適用を受けることができる可能性があります。
3、労災申請の方法と受けられる補償
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(1)労災の申請方法
労災の申請は、労災を受けようとする従業員自身が、厚生労働省のホームページなどから申請書類をダウンロードして、必要な添付書類と一緒に、管轄の労働基準監督署宛てに提出することが原則です(請求書は労働基準監督署にも備え付けてあります)。
会社が労災申請の手続きを全て代行してくれるケースも少なくないですが、それは、あくまでもサービスとして行ってくれているものに過ぎませんので、会社から自分で申請手続きを行うように言われた場合には、その指示に従わざるを得ません。
労災を申請するためには、会社から、労災事故の日時・内容・場所などを証明してもらう事業主証明という書類を作成してもらう必要があります。
会社に申請していた経路・方法と違う経路・方法で通勤していた場合、うそをついて事故に遭ったのなら自己責任で、労災申請には協力しない、などと言われてしまうことも考えられます。
しかし、会社が事業主証明を作成してくれない場合でも、労働者自身がその事情を記載した書類を作成することで、事業主証明がなくても労災申請が可能となりますので、このような場合でも労災申請を諦める必要はありません。 -
(2)労災で補償される給付の内容
通勤災害や業務災害で労災が認められれば、労災から補償される給付の代表的なものとしては、療養(補償)等給付、休業(補償)等給付、障害(補償)等給付が考えられます。
それぞれの給付の内容と額について、次の表に整理していますので、参考になさってください。
種類 条件 補償の内容 特別支給金 療養(補償)等給付 業務災害や通勤災害による傷病により療養するとき(労災病院等で療養を受けるとき) 必要な療養の給付 - 業務災害や通勤災害による傷病により療養するとき(労災病院等以外で療養を受けるとき) 必要な療養の費用の支給 - 休業(補償)等給付 業務災害・通勤災害による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられないとき 休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額 休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の20%相当額 障害(補償)等給付 障害(補償)年金 業務災害・通勤災害による傷病が治癒(症状固定)した後に、障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったとき 障害の程度に応じ、給付基礎日額の313日分から131日分の年金 (障害特別支給金)
障害の程度に応じ、342万円から159万円までの一時金
(障害特別年金)
障害の程度に応じ、算定基礎日額の313日分から131日分の年金障害(補償)一時金 業務災害・通勤災害による傷病が治癒(症状固定)した後に、障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったとき 障害の程度に応じ、給付基礎日額の503日分から56日分の一時金 (障害特別支給金)
障害の程度に応じ、65万円から8万円までの一時金
(障害特別一時金)
障害の程度に応じ、算定基礎日額の503日分から56日分の一時金
4、転倒の原因が会社にあるときは慰謝料を請求できる
労災は、ケガによって必要になった治療費や損害などを補償するための制度です。したがって、ケガをしたことによって受けた精神的苦痛などに対する慰謝料は、補償の対象外とされています。
しかし、ケガの責任が会社にある場合には、労災とは別に、会社に対して慰謝料等の損害賠償を請求することができます。
会社は、従業員と雇用契約を結んで業務を命じますが、その一方で、従業員を安全な環境で働かせる義務を負っています。この義務は、安全配慮義務と呼ばれています。
したがって、危険な状況を会社が放置していたせいでケガをしたといった場合のように、会社に安全配慮義務違反がある場合には、労災からの補償に加えて、会社に対し損害賠償請求を行うことも可能で、慰謝料請求を求めることができます。
また、同僚や上司のせいでケガをし、それについて会社の監督が不十分であったといった事情が認められる場合には、使用者責任を理由に会社に対し損害賠償請求することも考えられます。
安全配慮義務違反や使用者責任に基づく責任の追及は、労災からの補償と並行して行うことが可能です。
5、まとめ
自宅と会社の往復だけでなく、出張中、申請と違う経路・方法で通勤していた場合などでも、通勤災害に当たり労災の適用を受けることができる場合があります。
また、ケガをしたことについて会社に責任がある場合には、安全配慮義務違反や使用者責任に基づく損害賠償請求も可能で、労災では補償されない慰謝料の請求ができるようになります。
なお、労災に当たるかどうかの判断には法的な知識が必要となり、会社の責任を追及するためには、示談交渉、場合によっては裁判手続きが必要となります。適切に対応するには実績ある弁護士に依頼することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、初回相談料60分無料で労働災害専門チームの弁護士がサポートいたします。労災でお困りの方や会社への損害賠償をお考えの方は、まずは当事務所までご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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