
仕事中や通勤途中の怪我については、労働災害(労災)といって労災保険から治療費などの給付を受けることができます。また、治療費だけでなく、怪我で仕事を休んでいた期間の休業補償や、障害が残ったときの障害補償などの給付を受けることが可能です。
本コラムでは、労働災害や労災保険の基礎知識のほか、労災保険の給付ではカバーできない損害について、会社へ損害賠償を請求することが可能なのかという点について、ベリーベスト法律事務所の弁護士がわかりやすく解説します
- 労働災害(労災)の内容と適用範囲
- 労災保険の給付内容と申請方法
- 会社への損害賠償請求の可能性
1、労災(労働災害)とは?
初めに、労災の基礎知識について説明します。
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(1)労災(労働災害)と労災保険
労働災害とは、簡単に言えば、仕事中や通勤中に発生した怪我や病気のことをいいます。このうち仕事中の業務が原因となった怪我や病気のことを「業務災害」(労災保7条1項1号)、通勤中の怪我や病気のことを「通勤災害」(労災保7条1項3号)といいます。そして、業務災害や通勤災害などにあった際に適用されるものが、労災保険です。
労災保険制度は、労働者災害補償保険法(以下「労災保」といいます。)に基づく制度です。これは、政府が保険制度として運営するもので、使用者(会社)には、これに加入し保険料を納める義務があります。労働災害の被害を被った労働者は、この保険によって補償を受けられることとなります。 -
(2)どのようなケースが労災にあたるのか
仕事中や通勤中に発生した怪我や病気のすべてが労災保険の対象になるわけではなく、一定の要件を満たすもののみが労災保険の適用対象となります。
以下、業務災害と通勤災害に分けて、どのようなケースが労災にあたるのか解説します。
① 業務災害
業務災害と認定されるためには、労働者の負傷、疾病、障害又は死亡が「業務上」(労災保7条1項1号)の事由により生じることが必要です。
まず、前提として、使用者と労働者との間に労働契約関係があることが必要です。業務委託関係に過ぎない場合、基本的に労災の適用はありません。
そして、「業務上」に該当するためには、業務遂行性や業務起因性を満たす必要があると言われています。
業務遂行性は、当該労働者が労働契約を基礎として形成される使用者の支配ないし管理下にある場合に認められます。
簡単にいえば、労働者が会社の管理下におかれているのかどうかです。
業務起因性は、業務又は業務行為を含めて労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上いえる場合に認められます。
簡単にいえば、「この仕事をしなければ、この災害は起きなかった」といえるような関係にあるということです。
これらを踏まえると、労働時間内や残業時間内に職場内において業務中に生じた怪我については、基本的に業務災害にあたるといえます。また、出張や社用での外出の場合にも、使用者の支配下にあるといえますので、その間の怪我についても基本的には業務災害と認められます。
② 通勤災害
通勤災害と認定されるためには、「通勤」による負傷、疾病、障害又は死亡が生じることが必要です(労災保7条1項3号)。
「通勤」とは、労働者が、就業に関し、以下の3つの移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいいます(労災保7条2項)。- ① 住居と就業の場所との間の往復
- ② 就業の場所から他の就業の場所への移動
- ③ 住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動
③には、例えば、単身赴任者が週末を自宅で過ごし、日曜日の夕方に自宅から単身赴任先の社宅へ移動する途中で事故にあった場合などがあります。
通勤の途中で合理的な経路を逸脱したり、移動を中断したりした場合には、逸脱又は中断の間、及びその後の移動は、原則として「通勤」とは認められません。
しかし、逸脱又は中断が、やむを得ない事由によって、日常生活上必要な一定の行為を行うための最小限度のものである場合には、逸脱又は中断から元の経路に復帰した時点から、「通勤」として認められます(労災保7条3項但書)。
「日常生活上必要な一定の行為」には、日用品の購入、職業訓練、病院等への治療、親族の介護、選挙権の行使などです(労災保則8条)。 -
(3)労災の判断は誰が行うのか
労災にあたるかどうかの判断は、労働基準監督署長が行います。
そのため、業務中に怪我をして会社に報告をしたものの、会社から「労災にはあたらない」、「健康保険証を使って通院して」と言われたとしてもそれが正しいとは限りません。
あくまで、労災の認定は、会社ではなく労働基準監督署長が行うものです。したがって、会社が労災の申請手続を拒む場合には、労働基準監督署に相談することをおすすめします。
2、労災保険と申請の方法
労災と認定された場合、怪我や病気の程度に応じて労災保険から補償を受けることができます。以下、労災保険から受けられる給付の種類・内容と申請方法について説明します。
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(1)労災保険給付の種類
労災保険とは、労働者が仕事中や通勤中の災害による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して、事業主に代わって国が必要な保険給付を行う制度です。
労災保険給付の主な内容は、以下のとおりです。
なお、業務災害の場合、給付名に「補償」の文字が含まれていますが、通勤災害の場合には「補償」の文字が含まれていません。
● 療養(補償)給付
療養(補償)給付とは、労働者が労働災害により傷病を負ったときに、原則無料で治療を受けることができる制度です。療養(補償)給付には、治療費、入院費用、看護料など通常療養のために必要なものはすべて含まれます。
● 休業(補償)給付
休業(補償)給付は、労働者が労働災害により傷病を負い、その療養のために労働することができず、賃金を受けられないときに、賃金を受けない日の第4日目から支給されます。
休業(補償)給付の額は、原則として、対象となる給付基礎日額の60%に相当する額です。
給付基礎日額とは、簡単に説明すると、労働災害が発生した日以前「3か月」の賃金の総額を、その期間の総日数で除した額です。
休業(補償)給付に加えて、給付基礎日額の20%が特別支給金として支給されますので、休業期間中であっても合計80%の収入が補償されます。
● 傷病(補償)年金
傷病(補償)年金は、労働者が労働災害により傷病を負い、その療養開始後1年6か月を経過しても治癒しない場合に、傷病等級に応じて支給されます。
傷病等級は、障害の程度に応じて第1級から第3級に区分されています。
なお、療養開始後1年6か月を経過した時点で、休業(補償)給付を受けており、傷病等級第1級から3級に該当するときは、休業(補償)給付から傷病(補償)年金に支給が切り替わります。
● 障害(補償)給付
障害(補償)給付は、労働者が労働災害により傷病を負い、それが治癒した後、一定の障害が残存した場合に、障害等級に応じて支給されます。
● 介護(補償)給付
介護(補償)給付は、簡単に説明すると、傷病(補償)年金又は障害(補償)年金を受給する権利を有し、かつ、常時介護又は随時介護を受けている場合に、月単位で支給されます。
● 遺族(補償)給付
遺族(補償)給付は、労働災害によって労働者が死亡したときに、その遺族の請求に基づいて支給され、「遺族(補償)年金」と「遺族(補償)一時金」とがあります(労災保16条)。
「遺族(補償)一時金」は、遺族補償年金の対象となる遺族がいない場合などに、その他の遺族に給付されるものです。 -
(2)労災保険の申請方法
労災保険の請求方法については、以下のとおりです。基本的にはご自身で手続を行うことになりますが、疑問点があれば労働基準監督署の窓口に相談すると良いでしょう。
① 会社に労働災害が発生したことを報告
労災の認定は労働基準監督署長が行うことになりますが、労働基準監督署に提出する書類については、会社の証明を受ける必要があります。そのため、労災が発生したときには、会社に対する報告が必要です。
② 労働基準監督署に必要書類を提出
労災保険給付を受けるためには、労働基準監督署に以下の必要書類を提出しなければなりません。給付内容によって書類が異なっていますので、注意しましょう。
なお、療養(補償)給付を請求するための「療養給付請求書」については、指定医療機関経由で、労働基準監督署に提出することになります。
指定医療機関で手続きを済ませた場合、労働者が治療費を一切負担することなく、治療を受けることができます。
一方で、指定医療機関以外で治療を受けた場合は、一旦ご自身で当該医療機関に治療費全額を支払い、後日、直接労働基準監督署に請求書を提出します。そして、受理後、労働基準監督署の調査が行われ、労働者の口座に立替えている治療費等が支払われる流れになります。
このように、指定医療機関以外で治療を受けた場合には、経済的に困窮している状態でも一度治療費全額の立替が必要となるため、特別な事情のない限りは、指定医療機関で治療を受けるべきでしょう。
なお、「傷病(補償)年金」「障害(補償)給付」「介護(補償)給付」についても記載していますが、これらに関しては、すでに労災保険の給付の対象のケースになった場合にのみ請求が可能です。
③ 労働基準監督署の調査
労働基準監督署は、被災した労働者や会社への聞き取り調査、治療した医療機関に対する医療照会などの調査を行います。
④ 保険金の給付
提出された書類や調査の結果、労働基準監督署長が労働災害であると認定し、支給決定をすれば、保険金が給付されます。
- 労災保険への不服申立てを行う場合、訴訟等に移行した場合は別途着手金をいただくことがあります。
- 事案の内容によっては上記以外の弁護士費用をご案内することもございます。
- 労災保険への不服申立てを行う場合、訴訟等に移行した場合は別途着手金をいただくことがあります。
- 事案の内容によっては上記以外の弁護士費用をご案内することもございます。
3、会社に対して損害賠償を請求することはできる?
労災認定を受けることにより、労災保険から一定の給付を受けることはできます。しかし、発生した全ての損害が回復されないこともあるでしょう。そのような場合、会社に対して責任を問うことはできないのでしょうか。
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(1)労災保険の補償は損害の一部のみ
前述したように、労災の場合、労災保険から給付を受けることができます。しかし、労災保険からは、精神的苦痛に対する慰謝料の支払いはありません。
また、休業(補償)給付については、給付基礎日額の80%までしか補償されず、障害が残ってしまったときに受けられる障害(補償)給付も、将来の収入を補償するものとしては十分な金額とはいえません。 -
(2)労災保険で不足する部分は会社に対して請求できる可能性がある
労働基準法上、使用者(会社)は、労災が生じた場合、災害補償責任(労働基準法75条以下)を負います。ただし、労災保険による保険給付が行われる場合には、使用者は、労働基準法上の補償責任を免れることになります(労働基準法84条1項)。
もっとも、使用者に安全配慮義務違反(民法415条)や不法行為責任(民法709条・民法715条等)が認められる場合、使用者は、民事上の損害賠償責任を負います。
労災保険による保険給付は、治療費、休業補償や将来の逸失利益の補償を行うものですので、労災保険のみでは補填されていない損害については、依然として使用者に請求できます。
4、弁護士へ依頼したほうが良いケース
労災保険の請求手続は、労働基準監督署のサポートも受けながら、基本的には個人で行うことができます。では、どのようなケースにおいて、弁護士に相談すべきなのでしょうか。
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(1)会社への損害賠償を検討しているとき
会社に対して労災を理由に損害賠償請求をするためには、安全配慮義務違反(民法415条)や不法行為責任(民法709条・民法715条等)を主張・立証する必要があります。簡単にいえば、会社に落ち度があったことを主張・立証することになります。その十分な検討を個人で行うのは困難ですので、弁護士に相談することをおすすすめします。
また、労働者の手元には労災や会社の落ち度に関する証拠がほとんどないことが通常です。
証拠を収集するためには、会社に任意の開示を求める手段もありますが、裁判所を介して行う証拠保全の手続(民事訴訟法234条以下)を利用する手段もあります。もっとも、証拠保全の手続を適切に行うためには弁護士のサポートが不可欠でしょう。
さらに、会社との交渉を労働者が行うのは、心身ともに大きな負担となります。弁護士に交渉を一任することで、負担を大幅に軽減できるのはもちろんのこと、弁護士が代理人となることで、会社側が交渉に応じるケースも少なくありません。
交渉での解決が難しい場合は、裁判手続を利用して解決を図るなど、正当な補償を受けることができるよう、しっかりとサポートを行うことができます。 -
(2)通勤中に交通事故にあったとき
通勤中に交通事故に遭った場合、通勤災害として労災保険から給付を受けることができます。もっとも、労災保険では慰謝料等の損害は補償されません。労災保険で補償されていない慰謝料等の損害は、基本的には、労働者が就労していた会社ではなく、交通事故の加害者に対して請求することになります。
加害者が任意保険に加入していた場合、通常、その任意保険会社から示談金として賠償額を提示されます。しかしながら、保険会社の基準で算出される賠償額と、弁護士が介入して算出される裁判所基準での賠償額には大きな開きがあります。正当な補償を受け取るべく、裁判所基準で交渉をするためには、弁護士のサポートは必須です。
また、後遺障害が残ったようなケースでは、後遺障害の等級認定手続を行う必要がありますが、認定される等級次第によって賠償額は大きく異なります。この点においても、交通事故分野にも詳しい弁護士に依頼をして、適切に手続を進めていくことが何よりも重要です。
5、まとめ
仕事中や通勤途中の怪我や病気については、労災保険によって補償されるだけでなく、会社に対しても損害賠償請求をすることができる場合があります。会社との交渉はハードルが高いとあきらめてしまう前に、労災案件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所までご相談ください。
しっかりと被害が回復できるよう、全力でサポートします。

交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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