業務時間中や通勤途上でケガをしたり、業務が原因で病気になったりした場合、労働災害(労災)として申請すれば労災保険から治療費をはじめとするさまざまな給付が受けられます。
しかし、明らかにケガや病気が業務によるものであるにもかかわらず、会社が労災として認めず、労災申請をしてもらえない場合があります。そのようなとき、労働者として何か打てる手立てはあるのでしょうか。本記事では、労災隠しが違法行為であり犯罪であることや、労災隠しをされたときの対処法について解説します。
1、労災隠しは違法
業務に起因するケガ・病気を業務災害、通勤に起因するケガ・病気を通勤災害といい、この2つをあわせて「労働災害」(以下「労災」)と呼びます。労災が起きたらそれを隠そうとする事業者も少なくありませんが、労災隠しは刑事処分を受けうる犯罪行為です。
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(1)企業には労災事故の報告義務がある
たとえば、建設工事現場で高いところから落下して足を骨折した、出勤途中に交通事故にあった、などが労災にあたります。このような労災が発生すると、企業には労災事故の報告書である「労働者死傷病報告書」を労働基準監督署長に提出する義務が生じます。しかし、中にはこの報告書をわざと作らなかったり、虚偽の報告書を作成したりする企業があるのです。
労働者死傷病報告の提出義務に違反したときには刑事罰が科されます。
具体的には、労災隠しの刑事罰として、50万円以下の罰金と規定されています。なお、労災隠しの場合、法人・事業主ともに同様の刑事罰を受ける可能性があります(労働安全衛生法第120条、121条)。 -
(2)企業が労災隠しをする理由
労災が起こったのに企業が労働基準監督署に報告しないことを「労災隠し」と呼びます。企業はなぜ労災隠しをするのでしょうか。その理由として、以下のようなものが挙げられます。
●労災保険料が上がるから
労働保険のうち、労災保険は、「メリット制」が導入されており、使う回数と払われた保険料の額により翌年納める労災保険料が上がります。なお、「メリット制」により労災保険料が増減するのはこの制度が適用される一定規模・業種の事業者のみであるため、従業員が20人未満の会社であれば、メリット制の対象外であり労災保険を使っても翌年から保険料が上がることはありません。
●企業イメージを損なうから
労災事故が起きたということは、労災防止を徹底していない企業であるというイメージを世間に広めてしまいます。そうなると、これまで受注できていた仕事が受注できなくなったり、取引先から取引を停止されたりするおそれが生じると考えられます。
●手続きが面倒だから
単に「労災申請の手続きが面倒だから」という理由で労災申請をしてもらえないこともあります。 -
(3)労災隠しでよくあるワード
会社側は、労災隠しをするために以下のようなことを主張してきます。このようなことを言われても、毅然と対応し、きちんと労災申請をしてもらうことが可能です。
●アルバイト・パートは労災保険が使えない
雇用形態問わず、アルバイト・パートでも労災保険の対象となります。
●治療費は健康保険を使って
労災によるケガや病気の場合には健康保険は使えず、労災保険で治療費などをまかなうことになります。
●治療費は会社が負担する
最初のうちは治療費を支払ってくれるかもしれませんが、療養生活が長引いたり治療費が高額になってくると最後まで治療費を支払ってもらえなかったりする可能性があります。
●うちは労災保険に加入していない
労災保険は従業員をひとりでも雇っていると加入しなければならない強制加入の保険です。そのため、労災保険に入っていない可能性は限りなく低いでしょう。
●こんなケガ・病気は労災にならない
労災かどうかを判断するのは労働基準監督署であり、会社ではありません。
●労災申請したら解雇する
労災申請は労働者も自分で行うことができますが、労災申請したことを理由に労働者を解雇するようなら、不当解雇にあたります。そもそも労働基準法では、労災により仕事を休んでいる間は解雇してはならないことになっています。
2、労災隠しをされると被災労働者にデメリットがある
労災隠しをされると、被災労働者にとって以下のようなデメリットがあります。
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(1)医療費がかかる
労災保険がおりると、治療費について療養補償給付(療養給付)が受けられますので、原則として治療費の自己負担はなくなります。しかし、労災申請をしてもらえなければ、ケガ・病気の治療にその給付が使えません。そのため、その労働者が加入している健康保険で医療費をまかなうことになります。
そうなると、健康保険には自己負担がありますので、医療費を1~3割自己負担しなければならなくなるのです。 -
(2)生活費の補償が受けられない
労災保険から支給されるのは療養補償給付(療養給付)だけではありません。仕事ができなくなったときに受けられる休業補償給付(休業給付)や傷病補償年金(傷病年金)、障害を負ったときに受けられる障害補償給付(障害給付)などの補償があります。
労災隠しをされるとこれらの給付も受けられず、生活に困る方もでてくるでしょう。 -
(3)働けない期間が長引くと解雇されるおそれがある
労働基準法には、業務上のケガ・病気の療養のために休業する期間とその後30日間は解雇してはならないことが定められています。
しかし、労災認定を受けられなければ、仕事を休んでも労災による休業と扱われず、不当にも解雇されてしまう可能性もゼロではありません。 -
(4)業務改善がなされない
労災隠しをされるということは、社内で労災事故が起こったのに、なかったことにされてしまうということです。そうすると、労災事故が起こった事実や原因が共有されず、再発防止のための業務改善がなされません。その結果、しばらくしたのちにまた同じような事故が発生してしまうこともありうるでしょう。
再発防止のためにも、労災事故は隠さずきちんと労働基準監督署に報告するとともに社内でも共有すべきなのです。
3、労災隠しされたときの対処法は?
上司や事業主が業務上のケガや病気をと認めようとせず、労災隠しされた場合は、自分で対処するしかありません。労災申請や労災保険で治療をする手続きは、自分でも行うことができます。
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(1)労働基準監督署に相談する
会社に労災申請をしてもらえない場合は、勤務先を所轄する労働基準監督署に相談しましょう。労働基準監督署は、労災隠しに対しては逮捕または書類送検の上罰金刑を科すなど、非常に厳しい態度で臨んでいます。
労災申請は自分でもできるので、労働基準監督署に相談したのち、自分で申請手続きをしましょう。申請用紙に会社の押印欄がありますが、事情を話せば押印がなくても受理してもらえます。労災申請手続きに関する よくある質問 -
(2)労災指定病院を受診する
業務が原因のケガ・病気をしたときは、なるべく早く労災病院や労災指定の医療機関を受診するようにしましょう。
「会社から労災として扱わないと言われたから、病院にも行かなかった」という方は多いですが、そうなると、症状が耐えがたいほどに悪化したときに初めて病院に行ったところで、時間が経過してしまっていることから労災と症状との因果関係が不明ということになってしまい、労災によるケガであることが証明できないという事態にもなりかねません。
労災病院や労災指定の医療機関が近くにないときは、それ以外の医療機関を受診してもかまいません。労災指定の医療機関以外の病院では、いったん窓口で一部負担金を支払わなければなりませんが、あとで請求すればそのお金が返ってきます。 -
(3)健康保険から労災保険へ切り替える
労災であるにもかかわらず、健康保険を使って病院を受診していた場合は、途中からでも健康保険から労災保険に切り替えができるか、病院に相談してみましょう。
●切り替えできる場合
切り替えできる場合は、今まで受診したときに窓口で支払った金額(自己負担金)が返金されます。切り替えのためには、労災保険の所定の様式に記入のうえ、病院に提出する手続きが必要です。
●切り替えできない場合
切り替えできない場合は、まず加入している健康保険組合(保険者)などに治療中のケガ・病気が労災であることを申し出ましょう。健康保険組合などから医療費の返還通知書が届いたら、指定された金額を支払います。
その後、所定の様式に記入のうえ、返還額の領収書と今まで病院の窓口で支払った金額の領収書を添えて労働基準監督署に請求してください。
なお、一時的に医療費を全額負担することが難しい場合であっても、労災認定を受けていれば、自己負担せずに労災保険を請求できることがありますので、とにかく一度労働基準監督署に相談してみるとよいでしょう。労災申請手続きに関する よくある質問
4、損害賠償請求も可能? 弁護士に相談してみよう
会社側が労災の発生を隠そうとするということは、会社側に何か不都合なことがあるのかもしれません。その場合、損害賠償請求ができる可能性があります。
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(1)会社に損害賠償請求できることも
どの会社にも、労働者を生命や身体の危険から守るために安全に配慮し、安心して仕事ができる環境を整える義務があります(労働契約法5条)。前者を「安全配慮義務」、後者を「職場環境配慮義務」と呼んだりします。労災事故を起こした会社は、安全配慮義務違反や職場環境配慮義務違反に問われうるでしょう。
また、雇用主や事業監督者は、安全配慮義務と同時に、使用者としての責任(使用者責任)も負います。たとえば、クレーン作業をしていた作業員のミスでケガをした場合、作業員を雇用していた会社に対して使用者責任を問うことが可能です。
したがって、被災労働者は、会社側に対して、安全配慮義務または職場環境配慮違反、使用者責任を理由に損害賠償請求ができる可能性があるのです。 -
(2)損害賠償請求時の注意点
損害賠償請求を行えるのは、労災保険では補填できない損失に対してです。労災保険によって補填されているものを、二重で請求することはできません。
たとえば、労災保険から給付される休業補償給付は、仕事を休んで4日目から、なおかつ給付基礎日額の80%(保険給付60%+特別支給金20%)までしか支給されません。損害賠償請求の場合、その残り(特別支給金は控除する必要がありませんので、40%)を請求することになります。
そのほか、慰謝料や後遺症が残った場合の逸失利益などの損害賠償請求をすることが可能です。 -
(3)損害賠償請求を検討するなら弁護士へ相談
会社への損害賠償請求を検討するなら、弁護士に相談したほうがよいでしょう。会社を相手に個人で交渉しても、請求を認めてもらえない可能性が高いです。
弁護士に相談・依頼することで、適切な賠償金額がわかりますし、交渉だけでなく、訴訟になった場合も代理人として取り組んでもらうことができます。
5、まとめ
業務によってケガや病気をして会社を休むことになったら、「解雇されるのではないか」と先行きがとても不安になるものです。しかし、労災保険からの給付に加えて会社からの損害賠償を受けることができれば、その不安が少しは解消されることでしょう。
労災隠しは犯罪です。「会社に頼んでも労災申請をしてもらえなくて困っている」「会社に対して損害賠償も請求したい」などのお悩みがありましたら、ベリーベスト法律事務所までご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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