勤務中に怪我を負い、労災保険が認定されてホッとしたのもつかの間、思いのほか痛みが続き、精神的な負担も増えている……労災事故ではそんなケースも少なくありません。こんなとき、労災保険の補償だけで十分なのか、慰謝料は払ってもらえるのかなど、気になる方も多いでしょう。
そこで本コラムでは、労災保険でカバーできる補償内容と慰謝料との違い、さらに慰謝料を受け取るための方法について、弁護士が解説します。
1、労災保険が補償する範囲はどこまでか
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(1)労災保険で受けられる補償
労働災害(労災)とは、労働者が仕事場へ通勤する途中や帰路において、または業務中に発生した怪我や病気のことを指します。労災保険の申請は、本人から会社の人事労務担当者へ行い、その後、会社が労働基準監督署の手続きを代行するのが一般的です。
労災保険は、労働災害の実態に合わせて、さまざまな補償給付制度を用意しています。災害に遭った本人や、亡くなってしまった場合にはその遺族に対し、決められた項目の保険給付が行われる仕組みです。
では、その労災保険の補償内容を項目ごとにみていきましょう。
●療養(補償)給付
怪我や病気をしたときに、病院に払う治療費を給付する制度です。診察費、検査費用、画像費用、薬剤料、医学的処置や手術、入院費用などが対象となります。怪我や病気の程度によってかかる治療費は異なりますが、金額の大小にかかわらず、労災保険によって認定された範囲の治療費が療養(補償)給付として支給されます。
なお、病院は、労災診療にかかる医療費を、患者ではなく労災保険に直接請求するのが通常です。したがって、一般の怪我や病気の場合と異なって、患者が窓口で医療費を払う必要はありません。
●休業(補償)給付
怪我や病気で働くことができなくなると、収入が途絶えて生活が困窮する場合があります。そこで、働けない期間の収入をカバーするのが休業(補償)給付です。怪我や病気で療養(休業)を開始した4日目から支給され、1日あたり、給付基礎日額の60%と特別支給金20%、合わせて80%が支給される仕組みです。
実際に休業していた期間における休業の必要性が認められた日数分が支給されます。給付基礎日額は、労災が発生する前の給与等によって決まります。
●傷病(補償)年金
労災での怪我や病気による治療が開始した後1年6か月を経過しても、治癒(症状固定)しておらず治療を継続する必要があり、一定の傷病等級に該当する場合に支給されます。傷病等級とは、厚生労働省が定めた病気の状態を示す区分です。
●障害(補償)給付
治療を続けても心身に障害が残ってしまうことがあります。障害が残ると、仕事の継続が困難になる、障害前と同等の仕事ができない等の理由で収入が減ることが見込まれます。このような将来の収入の減少に対して支払われるのが障害(補償)給付です。
支給される金額は、労災保険によって認定された障害の程度に応じて決まります。具体的には、担当医師の診断書や医療記録、労働基準監督署の医局員が実施する面談の結果などから、心身に残った障害の程度を等級別に判定し、その等級によって決まった金額が労働者に直接支給される仕組みです。認定時点で一括支給される一時金方式(8級~14級)と、定期的に将来にわたって支給が続く年金方式(1級~7級)の2種類があります。
●遺族(補償)給付
労働災害によって労働者が死亡した場合に、その遺族に給付されるのが遺族(補償)給付です。労働者が死亡した時点で、労働者によって扶養されていた(労働者の収入によって生計を維持していた)配偶者、子ども、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹が、遺族給付を受ける権利を持っています。
●葬祭給付(葬祭料)
労働者が労働災害によって死亡した場合、その葬儀などの費用を補償するのが葬祭費です。労災保険の葬祭給付では、実際にかかった葬儀費用ではなく、一般的に葬祭に通常必要とされる費用を考慮して、厚生労働大臣が定める一定の金額が給付されることになっています。
現在の葬祭給付の金額は、
①31万5000円+給付基礎日数の30日分
②給付基礎日額の60日分
のいずれか高い方が支給されます。
●介護(補償)給付
障害(補償)年金または傷病(補償)年金を受ける者のうち一定の障害の程度で、すでに介護を受けている場合に支給されます。 -
(2)労災保険で受けられない補償もある
労災保険からの補償は、実際にかかった費用のすべてが得られるものではありません。たとえば、休業補償は特別支給金を合わせても80%しか支給されず、障害が残った場合の補償も、葬儀費用についても、労災保険が決めた金額が払われるだけです。
したがって、実際には不十分な金額であっても、それ以上を労災保険に求めることはできないのです。また、労災事故によって受けた精神的な苦痛に対しては、労災保険では補償制度自体が存在しません。 -
(3)労災保険で補償されない損害が請求できることも
前述の通り、労災保険から補償を受けても、十分な補償とはいえないケースは多々あります。
では、労災保険だけでは補えない分は、どのように請求すればよいのでしょうか。
このような場合には、労働者自身の勤務先(公務員の場合は、国や地方自治体など)に対して、損害賠償請求を行うことで、補償を受けられる可能性があります。
ただし、会社への請求が認められるには、国からの労災認定だけでは足りません。会社側に安全配慮義務違反(民法415条)や使用者責任(民法709条・715条)等が認められること、労働者側に補償すべき損害が発生している事実を立証することが必要となります。
これらすべてが法的に認められれば、労災保険では不足する補償分に加えて、慰謝料等を会社から支払ってもらえるという仕組みです。
2、労災事故における慰謝料
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(1)慰謝料とは
そもそも慰謝料とは、他者からの加害行為によって交通事故や労働災害等が発生した場合、それによって精神的に被った被害に対する金銭的な賠償のことを指します。
しかし、精神的な被害の大きさや程度は数値化しにくいものです。そこで慰謝料は、交通事故や労働災害等によって生じた怪我や病気の程度によって、ある程度の基準や相場を決めて判断することとなっています。
慰謝料の相場については3章で詳しく解説します。 -
(2)労災事故における慰謝料とは
労災事故に関する慰謝料は、3種類あります。
●死亡慰謝料
死亡慰謝料とは、労働者が労災事故によって死亡した場合に、その苦痛を受けた本人および遺族に発生する慰謝料のことです。
●後遺症慰謝料
後遺症慰謝料とは、怪我や病気が治らずに後遺障害を負った苦痛に対する慰謝料です。認定された後遺障害の等級を基準として金額が決まります。
●傷害慰謝料
傷害慰謝料とは、労働災害によって怪我や病気となった苦痛、そして、入院や通院を余儀なくされた苦痛に対する慰謝料です。怪我や病気の重さと入通院の期間を主な考慮要素として算定されます。 -
(3)労災保険と慰謝料を併せて請求できるか
労災事故でよくある疑問が、労災保険と会社に対する慰謝料、両方の請求ができるのかというものです。
答えは、「両方に請求することはできるが、同じ補償内容の二重取りはできない」ということになります。
したがって、まずは労災保険の認定を受けて、労災から支給されるものをしっかりと受け取りましょう。そのうえで、労災ではカバーしきれない部分(慰謝料も含みます)を会社に請求していくのが望ましい流れです。
3、労災事故で慰謝料を請求する方法と注意点
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(1)会社が負う賠償義務の法的根拠
労災事故で慰謝料を請求するには、会社に対して損害賠償請求をする必要があります。
ただし、会社に請求するには、会社側に安全配慮義務違反や使用者責任があったことを立証することが必要です。安全配慮義務とは、会社側が労働者に安全に働いてもらうために配慮すべき義務のことです(労働契約法5条)。
また、使用者責任とは、監督者としての不法行為責任です。たとえば、クレーンのオペレーターが操作を誤り他の作業員に怪我をさせた場合、オペレーターの使用者(会社・事業監督者)は、その被害者に対して損害賠償の責任を負います。
会社は、労働者の働きにより利益を得ているわけですから、労働者の過失により他者に危害が加わった場合には、その賠償をする義務を負うべきというのが、使用者責任が認められる理由です。
労働者の安全を守ったうえで働いてもらうこと、そのための環境整備を行うことや、従業員が他者に危害を加えないように指導監督することは会社の責任です。にもかかわらず、会社がそれらの義務を守らず、その結果として労働者が怪我や病気になった場合には、労働者が会社に損害賠償請求することができます。 -
(2)適切な慰謝料額の算出
2章で解説したように慰謝料には3種類あります。各慰謝料の相場(裁判基準)は以下の通りです。
●死亡慰謝料
本人が死亡した場合に、遺族に支払われる慰謝料です。
被災者が一家の支柱の場合……2800万円
被災者が母親、配偶者の場合……2500万円
被災者がその他(子ども、高齢者等)の場合……2000万円~2500万円
●後遺症慰謝料(後遺障害慰謝料)
後遺症を負ったことによる苦痛に対する慰謝料です。金額は症状の等級によって決まります。
第1級……2800万円 第2級……2370万円 第3級……1990万円
第4級……1670万円 第5級……1400万円 第6級……1180万円
第7級……1000万円 第8級……830万円 第9級……690万円
第10級……550万円 第11級……420万円 第12級……290万円
第13級……180万円 第14級……110万円
●傷害慰謝料
怪我や病気で入院や通院を余儀なくされたことに対する傷害慰謝料は、怪我の重さと入通院の日数や期間に応じて計算されます。なお、いずれについても、事故の発生事情や症状の経緯などによって、増減の幅があります。 -
(3)慰謝料には時効がある
労災保険で請求できる給付には時効があります(労災保険法42条)。
●2年で請求権が消滅する給付
療養給付、休業補償給付、葬儀費
●5年で請求権が消滅する給付
障害補償給付、遺族補償給付
また、労災保険では請求ができない慰謝料の時効消滅の期間は5年(または10年)です。これは、2020年4月1日から施行された改正民法による規定です。
なお、改正民法施行前に起きた労災事故に関しては3年(または10年)の消滅時効が適用になるので注意が必要です。
安全配慮義務違反を問うのか、使用者責任を問うのかでも時効期間が異なりますし、時効の起算点にも注意が必要ですので、労働災害で慰謝料請求を検討する場合には、弁護士等の専門家にも相談しつつ、消滅時効に注意しながら手続きを速やかに進めましょう。
4、労災事故における慰謝料請求は弁護士へ相談を
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(1)自分が請求できる範囲を理解する
労働災害で怪我や病気になれば、労災保険ではカバーしきれない精神的苦痛も同時に発生するわけなので、会社に慰謝料を請求することも検討すべきです。
しかし労働保険の仕組みは複雑なため、実際に労災給付を受けていても、これがいったい何の給付金なのか、正確に理解している人は少ないものです。
また、何よりも「被災した労働災害について会社が責任を負うのか否か」という判断は、極めて高度に法律的なものであり、一般の方が判断するのは困難であるといわざるをえません。つまり、適正な給付金額なのか、不足している部分はあるのか等、把握することも難しいということです。
弁護士に相談することで、複雑な労災給付について理解を深め、会社に対して適正な賠償を請求しうるかについて検討することは、労働災害に遭った後の人生において大変重要だといえるでしょう。 -
(2)精神的な負担を軽減
会社に対して請求をしていくこととなったとしても、勤務先を相手に、個人で損害賠償請求をするのは心理的な負担が大きいものです。そのようなとき、弁護士に依頼すれば、弁護士が代理人として交渉し、その負担を軽減することができます。
また、実際に会社に慰謝料などを請求する際には、使用者責任や安全配慮義務違反という法的な主張を行う必要があります。これを労働者が個人で立証することは簡単ではありません。労災事故の証拠や資料は会社側が握っていることが多いからです。
労災事件の経験豊富な弁護士であれば、労働者側から綿密に事情を聴取することで適切な対処方法を判断することができます。また、慰謝料等の金額についても、弁護士が交渉することでより適正な金額を主張することも可能となります。
5、まとめ
労災事件の慰謝料等を請求したいけれど悩んでいる……そんな方は、早期に弁護士へ相談することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、会社に対する労働災害の慰謝料請求について経験豊富な弁護士が在籍し、多くのご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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