仕事中や通勤中に怪我をしたり病気になったりした場合には、労働基準監督署長の労災認定を受けることで労災保険からの補償を受けることが可能です。
労災保険からの補償のなかには、「療養(補償)給付」というものがありますので、怪我や病気の治療にかかった治療費や入院費などは労災保険から支払われます。ただし、入院や治療の際に必要になる費用のなかには、労災保険の対象外となるものもありますので注意が必要です。
今回は、労災で入院した際に労災保険から支払われる費用や被災労働者が立て替えていた場合の対処法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、労災での入院は労災保険から給付を受けられる|原則、自己負担なし
労災で入院した場合の入院費はどのような扱いになるのでしょうか。
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(1)労災での入院は原則自己負担なし
仕事中や通勤中の出来事が原因で、怪我、病気、障害または死亡した場合には、労災認定を受けることで労災保険から補償を受けることができます。そして、労災により入院した場合には、労災保険から「療養(補償)給付」が支払われますので、入院費などは療養(補償)給付でまかなうことが可能です。
また、労災保険は、健康保険のような自己負担額という概念はありませんので、入院費用などの全額が労災保険から支払われます。労災保険からの支払い対象になる療養費用には、以下のものがあります。- 入院費用
- 薬代
- 検査費用
- 入院時の食事代
- 入院中の看護費用
- 治療費
- 手術費用
- 入院・通院のための交通費(移送費)
支給を受けられるかどうかは、傷病等の性質に応じて、一般的に治療効果があるとされているかどうかによって決まります。
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(2)治癒以降の入院費は労災保険の補償外
労災による怪我の治療や入院は、病気や怪我が治癒するまで受け取ることができます。労災保険における傷病の「治癒」とは、身体が労災前の健康時の状態に完全回復した状態だけでなく、傷病の症状が安定して、医学上認められた治療を行っても治療効果が期待できなくなった状態も含まれます。このような状態を「症状固定」といいます。
症状固定と判断された場合には、たとえ傷病の症状が残っていたとしても、それ以降の治療や入院については労災保険の療養(補償)給付の対象外となります。そのため、被災労働者が入院費や治療費を自己負担しなければなりません。
2、入院・治療に関して労災保険の支給対象にならないもの
労災により入院や治療をしたとしても、以下のような費用については、労災保険の支給対象外になります。
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(1)パジャマ代
入院時には入院生活に必要となるパジャマを購入することになると思いますが、パジャマの購入費用については、原則として自己負担になります。
ただし、被災労働者が緊急入院したため病衣を有していなかったことを理由に病衣の貸与を受けた場合や傷病の感染予防の必要性から病衣の貸与を受けた場合などについては、病衣貸与料が労災保険から支払われることもあります。 -
(2)診断書作成費用
労災申請の際に必要になる診断書の作成費用については、労災保険の支払い対象となります。たとえば、障害(補償)給付の申請をする際には、診断書の添付が必要になりますが、労災保険からは上限4000円の範囲で診断書作成費用が支払われます。
ただし、上限を超える部分については、被災労働者の自己負担となるため、注意が必要です。
他方、労災申請とは無関係な会社や保険会社への提出用の診断書費用については、労災保険の対象外となりますので被災労働者が自己負担をしなければなりません。 -
(3)差額ベッド代
入院をすると4人部屋や6人部屋などの大部屋を利用するケースが多いです。大部屋では、快適な入院生活を送れないという場合には、2人部屋や個室の利用を希望することになりますが、その際には差額ベッド代が発生します。このような差額ベッド代は、原則として被災労働者の自己負担になります。
ただし、病状などにより個室を利用する必要性がある場合には、労災保険の対象となりますので、自己負担をする必要はありません。 -
(4)包帯、テープ、湿布などの市販品
労災の治療の際に、包帯、テープ、湿布などが必要になった場合には、原則として労災保険から支給されますので、被災労働者が自己負担する必要はありません。
しかし、治療のためではなく生活の質や利便性を向上させるために被災労働者が市販品を購入した場合には、その費用は自己負担となります。
3、労災指定医療機関以外を利用し、自己負担している場合は?
労災指定医療機関以外を利用した場合には、入院費や治療費はどのように扱われるのでしょうか。
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(1)労災指定医療機関とそれ以外の医療機関の違い
労災指定医療機関とは、労災保険法施行規則の規定により、都道府県労働局長が指定した医療機関のことをいいます。被災労働者は、労災指定医療機関を受診することで、労災の治療を無償で受けることができます。そのため、治療費や入院費などを自己負担する必要はありません。
他方、労災指定医療機関以外を受診した場合には、医療機関の窓口で被災労働者が一旦、治療費や入院費の全額を支払わなければなりません。その際には、健康保険を利用することはできませんので、治療費や入院費の10割負担になりますので、注意が必要です。
ただし、被災労働者が負担した治療費や入院費については、後日、労働基準監督署に申請し、必要な手続きをとることで、還付を受けることができます。
このように、労災指定医療機関とそれ以外の医療機関では、窓口での治療費や入院費の支払いの要否という点で違いがあります。労災での入院では、入院費が高額になり、後日還付されるとはいっても10割負担は、経済的にも重い負担となりますので、できる限り労災指定医療機関を受診するようにしましょう。 -
(2)労災指定医療機関以外を受診した場合の手続き
労災保険指定医療機関以外を受診した場合には、以下のような手続きをとることにより、被災労働者が自己負担した治療費などの還付を受けることができます。
① 医療機関の窓口での治療費などの支払い
労災保険指定医療機関以外の医療機関では、窓口で治療費などの全額を一旦支払う必要があります。その際には、健康保険は使えませんので支払う金額は10割負担となります。
後日の還付手続きの際に、領収書やレシートが必要となりますので、捨てずに保管しておきましょう。
② 労働基準監督署に書類の提出
労災保険指定医療機関以外の医療機関で治療費などを自己負担した場合には、労働基準監督署に以下の書類を提出することで、支払った治療費などの還付を受けることができます。- 療養補償給付たる療養の費用請求書(様式第7号):業務災害の場合
- 療養給付たる療養の費用請求書(様式16号の5):通勤災害の場合
書類を受理した労働基準監督署では、申請内容を審査し、問題がなければ被災労働者が指定した預金口座に医療費などの還付を行います。
③ 誤って健康保険を利用した場合には労災保険への切り替えが必要
労災による怪我や病気の治療には、健康保険は利用できません。誤って健康保険を利用してしまった場合には、労災保険への切り替えが必要となります。
労災保険指定医療機関を受診した場合には、健康保険組合に労災であった旨を報告し、健康保険組合が負担した医療費を支払います。その後、労働基準監督署に申請することで、支払った医療費の還付を受けることが可能です。
4、会社に落ち度がある場合は慰謝料や入院雑費なども請求できる
労災による怪我や病気については、労災認定を受ければ労災保険からさまざまな補償を受けることができます。
しかし、労災保険からの支払われる補償には、慰謝料が含まれておらず、障害が残ったとしても十分な逸失利益が補償されません。このように労災保険による補償では不十分な部分については、労災事故の原因がある会社に対して請求できる可能性があります。
ただし、会社に対する請求にあたっては、労働者の側で会社の落ち度を主張立証していかなければなりません。会社の落ち度があったといえるには、法的には安全配慮義務違反や使用者責任の立証が必要になりますので、それらを判断するには弁護士のサポートが不可欠です。
労災に関する会社の落ち度を立証できれば、慰謝料や逸失利益だけでなく、労災保険の対象に含まれなかった入院雑費なども含めて請求できる可能性があります。労災による被害をしっかりと回復するためにも、弁護士のサポートを受けながら会社への損害賠償請求をすすめていくとよいでしょう。
5、まとめ
労災による怪我や病気によって入院したとしても、労災保険の療養(補償)給付により、入院中の治療費や入院費用などの支払いを受けることができますので、経済的な不安なく安心して治療に専念することができます。
しかし、労災保険からの補償では、労働者が被った損害を回復するのには十分なものとはいえません。労災事故に関して会社に落ち度がある場合には、会社に対する損害賠償請求を検討するとよいでしょう。
会社への損害賠償請求をお考えの方は、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
交通事故部マネージャー弁護士として、交通事故(被害者側)、労災問題(被災労働者側)及びその周辺分野に精通しています。マネージャーとして全体を統括し、ノウハウの共有に努めつつ、個人としても多数の重傷案件を含む400件以上の案件を解決に導いてきました。お客様と真摯に向き合い最善の解決を目指すことをモットーとしています。
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